最新記事

量子コンピューター

文系でも分かる「最強計算機」量子コンピューター入門

QUANTUM COMPUTER 101

2021年2月18日(木)17時30分
ニューズウィーク日本版編集部

Q:どんな量子コンピューターがあるの?

A:超電導方式、イオントラップ方式、半導体方式、光方式がある。この中で、開発が進んでいるのが超電導方式とイオントラップ方式だ。

量子コンピューターで使われる電子は非常にデリケートで、自分が進む進路にほかの原子や分子などの障害物があると、「重ね合わせ」が崩れてしまう。超電導方式では、特定の金属を極低温にすると電気抵抗がゼロになる超電導の現象を利用。金属の中で電子を邪魔されずに動かし、計算に利用する。

原子はプラスの電気を帯びた陽子とマイナスの電気を帯びた電子の数が同数だが、このバランスが崩れ、プラスもしくはマイナスのどちらかの数が多くなったものがイオンだ。イオントラップ方式は真空状態の中で電磁力によってイオンをトラップ(捕捉)。レーザーを当ててイオンの量子ビットをコントロールする。計算精度が最も高い。

半導体方式は、条件によって電気を通したり通さなかったりする半導体の性質を利用し、半導体の膜と半導体の膜の間に電子を挟んで金属電極から電気を流すことで電子を動かす。また光方式は、空間を振動しながら進む光の性質を活用し、光を構成する光子の振動が縦か横かで「0」と「1」を表現する。長距離伝送が可能なのが利点だ。

Q:どんな計算が得意なの?

A:現代のコンピューターが苦手とし、量子コンピューターが得意とする問題に「組み合わせ最適化」がある。組み合わせ最適化とは、たくさんある選択肢の中から、ある観点で見て最適な価値を生み出す値の組み合わせを求める問題だ。

有名なのが「巡回セールスマン問題」。出発地点からいくつかの街を営業で訪れるセールスマンが、どの順番で街を訪れるのが最短ルートか、各パターンについて足し算しつつ正解を求める。例えば、訪問する街が3つなら、ルートは3×2×1の6通りしかなく、単純に総当たりで足し算すればすぐに正解が導き出せる。

ただ、訪問する街が10になると、10×9×8×......1で362万8800通りの経路が想定される。従来のコンピューターでもかなりの計算時間がかかり、街の数がそれ以上になるとさらに天文学的時間が必要になる。こういった問題に対して、量子コンピューターは全てのパターンを一度に入力し計算できるので、圧倒的に早く正解を出せる。

Q:いつ実現する?

A:実は、IBMが開発した量子コンピューター「クォンタム・エクスペリエンス」には誰でもネットでアクセスできる。サイト上にアカウントを作れば量子計算も体験できる。

ただこのクォンタム・エクスペリエンスはわずか5量子ビットの基礎的なコンピューター。実用化するためには100万から1億個以上の量子ビットが必要とされ、現在実現している量子ビットでは大幅に足りない。計算を実行できる時間も短く、エラー率も高い。本格的な実用化までにはまだ時間がかかる。

グーグルは19年10月、世界最速のスーパーコンピューターでも1万年かかるとされる計算を、量子コンピューターを使い数分で終えた。中国の量子研究グループは昨年12月、「九章」と呼ばれる量子コンピューターを使い、世界第3位の強力なスーパーコンピューターが20億年以上かかる計算を数分で終えた、と科学誌サイエンス誌上で発表した。

これは従来のコンピューターの限界を量子コンピューターが超える「量子超越性」の実現だ、と世界中を驚かせた。しかし、これらの実験には量子コンピューターにとって得意な計算を、量子コンピューターに有利な条件で競争した側面がある。必ずしも量子コンピューターが全ての現行コンピューターに勝っているわけでも、量子コンピューターが現行コンピューターに今すぐ取って代わるわけでもない。

Q:量子コンピューターが実用化されると何が起きる?

A:自動運転車が実用化されたとき、量子コンピューターが「組み合わせ最適化」を使って交通渋滞を解消し、緊急車両の最速ルートも素早く割り出す。投資でも、複数の銘柄からベストな投資先を組み合わせたポートフォリオを作ってくれる。原子と原子の新しい最適な組み合わせで、これまでになかった新たな性質・性能の物質もできる。

ネガティブな面もある。量子コンピューターの計算力が高過ぎるため、全ての暗号鍵が解かれてしまう心配がある。ただし、これに対応するため「耐量子コンピューター暗号」という量子コンピューターでは解けない暗号鍵の開発も進んでいる。

量子コンピューターはコンピューターサイエンスや数学、統計学、物理学、量子力学だけでなく、ありとあらゆる科学の分野にインパクトを与えると考えられている。

<2021年2月16日号「いま知っておきたい 量子コンピューター」特集より>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計

ビジネス

成長型経済へ、26年度は物価上昇を適切に反映した予

ビジネス

次年度国債発行、30年債の優先減額求める声=財務省

ビジネス

韓国ネイバー傘下企業、国内最大の仮想通貨取引所を買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中