最新記事

中国

14年間で死者2000万人超 現代中国にも影引きずる「太平天国の乱」という未解決問題

2020年12月28日(月)17時45分
菊池秀明(国際基督教大学教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

太平天国に現れた問題点は、急速に大国化へ向かう今の中国でも未解決のままくすぶり続けているという。画像は南京郊外で戦う太平天国軍。 © Wu Youru


2000万人超の死者を出した「太平天国の乱」とは何だったのか。国際基督教大学の菊池秀明教授は「太平天国に現れた問題点は、急速に大国化へ向かう今の中国でも未解決のままくすぶり続けている。権力集中、不寛容さは香港や台湾にも深刻な影響を与えている」という――。

※本稿は、菊池秀明『太平天国』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
 

太平天国の乱とは何だったのか

14年にわたる太平天国の内戦は1864年に終わった。戦場となった地域とくに江南三省(江蘇、安徽、浙江)の被害は大きく、江蘇だけで死者は2000万人を超えた。読書人たちは流亡の苦しみに遭い、死んだ男女を「忠義」を尽くした者や「烈女」として顕彰した。死者の記憶は儒教を中心とする伝統文化の再興という形をとって伝えられた。

清朝は南京占領後も太平天国の生き残りに対する捜索と弾圧を続けた。捻軍などの反乱勢力と合流して抵抗を続けた者はやがて敗北した。楊輔清は上海からマカオへ脱出し、10年間潜伏した後に捕らえられた。また逃亡先の香港で李世賢の軍を支援しようとして捕まった者、苦力(クーリー)となってキューバへ移住した者のエピソードもある。

太平天国に献策したことが発覚して清朝の追及を受けた王韜は、逃亡先の香港でキリスト教と儒教の接点を追い求めた。南京を訪問して太平天国の近代化改革を提案した容閎は、曽国藩の招きを受けて李鴻章と兵器工場の設立に尽力した。

太平天国に共鳴したイギリス人のリンドレーは、帰国後に太平天国に関する著書を出版した。彼はイギリスが太平天国に対して取った態度はどうかと問いかけ、「私はイギリス人であることが恥ずかしくて顔が赤らむ」と述べている。そして植民地を擁した帝国の多くが没落した歴史を振り返り、今こそイギリスは「非侵略(Non-aggression)」の政策を取るべきだと訴えた。

日本の伊藤博文も晩年、イギリス人の記者に対して「あなたたちイギリス人が、中国との交渉で犯した一番の誤りは、清朝を助けて太平天国を鎮圧したことだ」と語ったという。

洪秀全が創設した上帝教は、太平天国の滅亡と共に中国社会からその姿を消した。それは一つの宗教が信徒の内面的な実践に充分な時間を割かずに政治運動化した結果だった。また読書人の太平天国に対する反感はキリスト教への拒否反応となって残り、反キリスト教事件がくり返し発生した。

20世紀に入ると、香港の中国人キリスト教社会から「第二の洪秀全」を自任する孫文が登場し、太平天国を反満革命として評価する動きが始まる。ただし辛亥革命によって太平天国の評価が一気に変わった訳ではなく、1930年代になっても江南では太平天国に対する否定的評価が残った。

現代中国に通じる「他者への不寛容さ」

太平天国がその掲げた理想にもかかわらず、矛盾と混乱に満ちた運動であった。これは新著『太平天国』(岩波新書)で詳述した通りである。

洪秀全は「神はただ一つであり、偶像崇拝は誤りだ」というキリスト教のメッセージから、中国の歴代皇帝は上帝ヤハウエを冒涜する偶像崇拝者であり、清朝を打倒して「いにしえの中国」を回復すべきだという主張を導き出した。

そして太平天国は上帝の庇護のもと、これを信仰する「中国人」の大家族を創り出そうと試みた。また彼らは公有制の実現をうたい、人々は「天父の飯を食う」ことで生活の保障と死後の救済が与えられると説いた。

だが太平天国は、満洲人や漢人の清朝官僚、兵士とその家族を「妖魔」と見なして排撃した。彼らは太平天国の言う「中国人」の範疇には入らなかったのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

12月FOMCで利下げ見送りとの観測高まる、9月雇

ビジネス

米国株式市場・序盤=ダウ600ドル高・ナスダック2

ビジネス

さらなる利下げは金融安定リスクを招く=米クリーブラ

ビジネス

米新規失業保険申請、8000件減の22万件 継続受
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中