最新記事

開発援助

スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

2020年10月20日(火)18時00分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

長い内戦の収束に胸を撫で下ろす間も無く、入れ替わるようにして中国がスリランカにとっての問題となった。中国と手を結び私腹を肥やしたラジャパクサ一族とその配下は例外で、一族の喜びと引き換えにスリランカの中国化が進んでいる。その代表例として世界中で紹介されたのが、スリランカ南部のハンバントタ港とマッタラ・ラジャパクサ国際空港への回収不能な高利貸しによる「債務の罠」だ。空港は「世界で最も空いている国際空港」とからかわれ、多額の債務の返済不能が明らかになった港は99年間の運営権が中国に渡った。

LRT事業は今後、中国側に渡るのではないかと懸念されている。スリランカの地で日本対中国の仁義なき闘いが行われている格好で、現大統領一族が両国を競わせ、天秤にかけてうまみを吸っている側面もある。

両国の戦い方には大きな違いがある。まるで礼儀正しく、ルールに則り、反則に厳しいスポーツ競技である空手選手と、何でもありのストリートファイターが戦う異種格闘技戦のようだ。1点目に、なんでもありの中国に、モラルやルールに忠実な日本。価格競争に負け、中国に取られている案件もある。今のスリランカでは高額の対価である品質保証より、安価が最優先される。2点目に、意思決定のスピードでも日本は中国に負けている。

そして3点目にして、最も大きな要因と思われるのはコミッション(斡旋料)だ。案件を通すため、政治家に対して総金額の何%か上納するという悪しき文化がスリランカに出来上がっている。現大統領一族が中国のおかげでけた違いに潤っている点からして、中国のやり方については触れるまでもない。スリランカの現政権によって、タテのつながり(特に日本との歴史や義理人情)やヨコのつながり(国際社会や秩序)、数字(従属なき経済効果・国民の幸せ)を無視した私利私欲の政治が行われている。

今から6年前の2014年のことを思い出す。国家首脳として24年ぶりに安倍首相が「真珠の首飾りにくさびを打つ」目的でスリランカを訪問。そのわずか10日後に中国の習近平国家主席も後を追うように訪問し、対スリランカ援助額を競った。安倍首相が演説の中で、「ジャパナ(日本人)・ハパナ(優秀)」という言葉を口にしたことも忘れられない。戦後に短期間で経済大国となった日本に敬意を表して、スリランカの人々が使う言葉である。自ら優秀だと口にしたことに、違和感を覚えた記憶がある。今では、ジャパナ・ハパナとセットでもう一つの言葉が流行っている。チーナ(中国)・パタス(素早い)である。変則技も厭わない相手の前でもハパナであって欲しいと、一日本人として筆者は願う。

【筆者:にしゃんた】
セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了

ビジネス

仏が次世代空母建造へ、シャルル・ドゴール後継 38

ワールド

原油先物は上昇、週末に米がベネズエラ沖で石油タンカ

ワールド

豪首相支持率が再選以来最低、銃乱射事件受け批判高ま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中