最新記事

インド

トイレを作っても野外排泄をやめない男たち... インドのトイレ改革「成功」の裏側

2020年10月12日(月)11時10分
佐藤大介(共同通信社記者)

自分では使わないのに、なぜトイレをつくったのか。それは妻のプレムアティ(45)が望んだからだった。

「政府が『女性のためにトイレをつくろう』と宣伝しているので、妻がそれに感化されてしまったのですよ」

苦笑いしながら話すサイニの傍らで、プレムアティは恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

「どうしてトイレをつくってほしいと思ったのですか」

「政府がトイレをつくろうと呼びかけているのを見て、トイレのある暮らしをしてみたいと思ったのです」

「外で用を足すのとは違うでしょう」

「そうですね。外だと周りの目も気になります。トイレをつくって最初はどうやって使うのかわからなかったのですが、今はもうすっかり慣れました」

プレムアティは、話し終えると照れたような笑みを見せた。近隣の女性たちも、サイニ宅のトイレを使いに訪れるという。村の男性たちにとっては負担にしか感じないトイレの設置も、女性たちには生活だけではなく、気持ちの変化をもたらすきっかけとなっていたのだ。

「野外排せつゼロ」のカラクリ

一方で、当然ながら湧いてくる疑問がある。ほとんどの男性が野外で用を足しているのにもかかわらず、なぜアンダンプラ村は「野外排せつゼロ」を宣言したのかという点だ。その疑問を確かめるために、村人から住所を聞き、村長のチャンドラパル・ベニウェル(47)の自宅を訪れた。

ベニウェルは、キビ農家を営む傍ら、アンダンプラ村など三つの村長を務めている。アポなしで訪れたのにもかかわらず「インドのトイレについて取材をしている」と話すと、庭にテーブルと椅子を用意し、紅茶を振る舞いながら対応してくれた。高級そうなサングラスと腕時計を身につけ、右手の薬指にはゴールドの指輪が光っている。村の男性たちとは違って、どこかこざっぱりとした印象だ。

ひととおり日本の話題やインドでの生活、アンダンプラ村の印象などを話した後、単刀直入に尋ねてみた。

「アンダンプラ村では多くの人が、いまだに野外で用を足しています。それなのに、アンダンプラ村が『野外排せつゼロ』というのは、実態と違うのではないですか」

外国人記者に余計なことを聞かれたと、顔をしかめられるのではないかと思ったが、それは杞憂だった。ベニウェルは顔色を変えるわけでもなく、当然のことといった表情で「まだ多くの人が野外で用を足しているのは事実です」と、あっさり認めてしまったのだ。

「いろいろな形でトイレを設置して使うように指導しているのですが、なかなか時間がかかりますね。トイレの数は少しずつですが増えています。もちろん、日本から見たらまだまだだと思うかもしれませんが、トイレのなかった村からすると大きな進展なのですよ」

ベニウェルはそう笑いながら話し、悪びれているような様子はまったくない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

優良信用スコア持つ米消費者、債務返済に遅れ=バンテ

ビジネス

メルセデス・ベンツ年金信託、保有する日産自株3.8

ワールド

イスラエルがガザの病院攻撃、20人死亡 ロイター契

ワールド

インドの格付け「BBB-」維持、高債務と米関税リス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 5
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 10
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中