最新記事

民族主義

インドネシア、パプア人活動家が刑期終え釈放 さらなる運動継続を誓う

2020年8月18日(火)19時44分
大塚智彦(PanAsiaNews)

独立記念日の差別発言がきっかけ

2020年4月には首都ジャカルタの地方裁判所で同じような国家反逆罪に問われた別のパプア人活動家など6人に対する有罪判決が下されたがいずれも軽い刑期で5月には全員が釈放されている。

バリクパパン裁判所での7人、ジャカルタ地裁での6人のいずれもが問われた国家反逆罪は、2019年8月17日に東ジャワ州の州都スラバヤで発生したパプア人への「差別発言」がその端緒となっている。

8月17日はインドネシアの独立記念日で、その重要な国民の祭日にスラバヤ市内にあるパプア人大学生寮で国旗が側溝に投げ捨てられたとの偽情報に基づき警察部隊が寮に踏み込み、パプア人学生を連行する事態が起きた。

この際、連行されるパプア人学生に対して警察官や周辺の住民が「ブタ」「イヌ」「サル」などという差別発言を繰り返し発したことがインターネット経由でたちまち全国に拡散し、各地でパプア人による「差別発言撤回」のデモや集会が連続して発生する事態に発展したのだった。

ジャカルタ地裁で有罪判決を受けた6人は大統領官邸前でのデモの際、掲揚・所持が禁止されているパプア独立の象徴の「モーニングスター(明けの明星)旗」を掲げて、パプア独立の是非を問う住民投票の実施を呼びかけたことが国家反逆罪に問われた。バリクパパンの7人は、パプア地方での反政府、独立要求などのデモや集会を組織したことが国家反逆罪に問われていた。

差別発言に端を発した抗議運動はパプア州の一部都市では尖鋭化して暴動にまで発展、約40人が死亡して多数が負傷する騒乱にまで悪化した。事態を重視した治安当局は軍、警察から約3000人をパプア地方に増派して治安維持に当たらざるを得なくなった。

今後の活動継続を釈放直後に表明

12日にバリクパパンで釈放されたアグス氏はメディアの取材に対して「刑務所も私の独立と自由を求める闘争心を挫けさせることはできなかった。そういう意味で刑務所は無料のホテルのようなものだった」としたうえで「これからもパプア人として自由を求める闘いを続けていきたい」と今後も運動を継続する強い意志を表明した。

アグス氏によるとバリクパパンで服役した7人のパプア人活動家と学生は「全員が独立運動のために有罪判決を受けて服役したことを喜んで受け入れており、我々の自由と独立を求める意思は変わらない。

パプアには金などの豊かな地下資源や自然にあふれた森林があり、十分に独り立ちできる環境にある」として最終的には住民投票によるインドネシアからの分離独立を目指すことを改めて表明した。

アグス氏をはじめとするパプアの各種人権団体、学生組織はまず現地に増派された約3000人の治安部隊の即時撤収を求めている。しかし軍や警察は「独立組織の治安攪乱で現地住民や非パプア人の安全が脅かされている」として撤収どころか、中部山間部などで武装組織の掃討作戦を継続中であり、武力衝突によるパプア人殺害やパプア人住民への人権侵害が相次いで報告されているという。

新型コロナウイルスの感染者、死者が一向に減少しないインドネシアだけに、ジョコ・ウィドド大統領は現在感染防止策で手一杯の状況にある。その隙に乗じた独立組織の活動活発化や治安当局による掃討作戦強化の懸念も高まっており、広大なインドネシアの東端では緊張が増しているという。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【話題の記事】
・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・新たな「パンデミックウイルス」感染増加 中国研究者がブタから発見
・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる


20200825issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年8月25日号(8月18日発売)は「コロナストレス 長期化への処方箋」特集。仕事・育児・学習・睡眠......。コロナ禍の長期化で拡大するメンタルヘルス危機。世界と日本の処方箋は? 日本独自のコロナ鬱も取り上げる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、月内の対インド通商交渉をキャンセル=関係筋

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部への住民移動を準備中 避難設

ビジネス

ジャクソンホールでのFRB議長講演が焦点=今週の米

ワールド

北部戦線の一部でロシア軍押し戻す=ウクライナ軍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中