最新記事

代替仮説

感染症流行の数理モデル「SEIRモデル」は限界 英国政府に代替仮説を提言する科学者たち

2020年6月8日(月)17時30分
松岡由希子

カール・フリストン教授「ドイツ人には何らかの免疫があるのかもしれない」.....UnHerd-YouTube

<イギリスで科学的な見地から新型コロナウイルス感染拡大防止策への助言を政府に行っている非常時科学諮問委員会を代替するために、独立機関が作られ英国政府に代替仮説を提示している......>

イギリスでは、医療や学界の専門家からなる非常時科学諮問委員会(SAGE)が科学的な見地から新型コロナウイルス感染拡大防止策への助言を政府に行っているが、その活動は公にされておらず、透明性に欠けるとの批判もある。

政府の専門家委員会を代替する独立機関が設立され仮説を提言

2000年から2007年まで政府主席科学顧問官を務めた英ケンブリッジ大学のデイビッド・キング名誉教授ら、科学者や医師12名は、2020年5月4日、非常時科学諮問委員会を代替し、科学的根拠に基づく提言を英国政府に行う独立機関として「インディペンデントSAGE」を創設した。英国政府に代替仮説を提示し、よりよい戦略の策定につなげるのが狙いだ。また、議論の様子を動画サイト「ユーチューブ」で配信し、透明性を担保したうえで、開かれた議論を国民に広く促している。

Independent SAGE 28 May press conference on schools reopening


「インディペンデントSAGE」で感染症数理モデルを担っているのが、ヒトの脳機能の数理モデルを構築したことでも知られる、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の神経科学者カール・フリストン教授だ。フリストン教授は、米国の物理学者リチャード・ファインマンの理論を応用し、神経生物学の動的因果モデリング(DCM)によって、新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行を数学的構造でとらえ、その原因を解明しようとしている。

フリストン教授は、この手法により「首都ロンドンでは、入院患者数が4月5日にピークを迎え、その5日後、死亡者数がピークに達する。5月8日までには状況は改善し、行動制限を緩和できるようになるだろう」と予測。実際にボリス・ジョンソン首相が行動制限の緩和を発表したのは5月10日であり、これまでのところ、フリストン教授の予測は、ほぼ正しい。

ドイツの死亡者数が少ない理由は、検査体制が充実しているからではない

また、この手法により、国ごとの感染状況を比較することも可能だ。フリストン教授は、新型コロナウイルス感染症による死亡者数が多い英国と比較的少ないドイツとを比較し、5月16日、未査読の研究論文を「アーカイブ」で公開した。

これによると、ドイツの死亡者数が英国よりも少ない理由は、検査体制が充実しているからではなく、ドイツ人が英国人よりも新型コロナウイルス感染症にかかりにくく、重症化しづらいためであることが示された。フリストン教授は英紙ガーディアンのインタビューで「様々な原因が考えられるが、ドイツ人には何らかの免疫があるのかもしれない」と述べている。

フリストン教授が提唱する動的因果モデリングに対して、既存の感染症数理モデルは、履歴データを曲線に合わせ、外挿法によって将来を推定する。フリストン教授は「データという観察可能な部分から、現象の表面を見ているにすぎない」と批判する。

感染症流行の数理モデル「SEIRモデル」は限界がある

また、フリストン教授は、感染症流行の数理モデルとして広く用いられている「SEIRモデル」についても、その限界を指摘する。「SEIRモデル」は、「感染症に対して免疫を持たない者」、「感染症が潜伏期間中の者」、「発症者」、「感染症から回復して免疫を獲得した者」の4種類に分類される必要があるが、フリストン教授は、新型コロナウイルス感染症で無症状病原体保有者が存在することを挙げ、「『感染症から回復した』とは、どのような状態を意味するのだろうか」と指摘している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中