最新記事

中国マスク外交

中国「マスク外交」の野望と、引くに引けない切実な事情

THE ART OF MASK DIPLOMACY

2020年6月26日(金)18時28分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

200630p183.jpg

マスク姿で求人票を見つめる青島の市民たち(4月8日) CHINA DAILYーREUTERS


中国の地政学的環境は、今後数年間に3つの方面でさらに悪化しそうだ。アジア域内では南シナ海での強引な振る舞いと、インドとオーストラリアに対する強硬姿勢(新型コロナウイルス発生当初の中国の対応に関する独立調査を求めるオーストラリアに罰を与えようとしている)が、関係諸国をアメリカの反中陣営に傾斜させるだろう。

米中の緊張が高まれば、両国間の経済的切り離しが加速し、軍拡競争が激化する。欧州主要国との関係も、中国国内の人権問題のせいで冷え込む公算が大きい。

加えてコロナウイルスのパンデミックにより、中国は大きな経済的打撃を受けるだろう。グローバルなサプライチェーンへの影響は明らかだ。多国籍企業は危機への耐性を上げるため、サプライチェーンを縮小せざるを得ない。現在は世界の製造業の多くが中国に集中しているため、サプライチェーンの再編は必然的に「中国外し」につながる。

既に米中貿易戦争の影響で、サプライチェーンの東南アジア移転が始まっている。パンデミックに対応したサプライチェーンのさらなる再編は、アメリカ以外の市場向けに製品を生産する企業も含むため、より大規模なものになる可能性がある。

輸出は中国のGDPの18.7%を占める(2019年)。サプライチェーン移転はかなりの規模の雇用喪失につながるはずだ。輸出の58.4%を占める電気製品、電子機器、機械類といった業種の雇用は、特に大きな打撃を受けそうだ。

中国政府は明らかに外資の大量流出を懸念している。中央政治会議は4月半ばに包括的なマクロ政策を発表。「6つの維持」と題された経済優先事項の5番目は「サプライチェーンの安定維持」だった。

中国指導部にとって、現時点での最大の懸念は欧米における中国製品への需要喪失だ。パンデミックの初期段階では、当局の厳格なロックダウン(都市封鎖)で経済活動が停止した。3月に中国は経済活動を再開させたが、今度はパンデミックが欧米を直撃。中国製品に対する需要が激減した。

外需の落ち込みは経済ファンダメンタルズの悪化を招く。今のところ、中国経済回復の足取りは弱々しい。4月の鉱工業生産は前年同月比で3.9%増加したが、小売売上高は7.5%減少した。原因の1つは、明らかに厳格な「社会的距離」戦略の維持と長引く感染への不安だ。

だが、中国政府の消極的な財政政策が短期間での景気回復を阻んでいる側面もある。パンデミックに対応して赤字覚悟の積極的な財政政策を展開した欧米諸国と異なり、今回の中国はいつになく慎重だ。

IMFの試算によると、5月半ばの時点で経済活性化のための財政支出は3660億ドルと、GDPの2.5%にとどまっている(アメリカの財政支出はGDPの10%超)。

中国政府が慎重姿勢を崩さない最大の理由は「弾不足」だ。中国は08年の世界金融危機後、借り入れを原資とする投資で成長を維持しようとしたため、債務が膨れ上がった。非金融部門の債務総額はGDPの245~317%と推定されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ネタニヤフ氏、イラン核問題巡りトランプ氏と協議へ 

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ワールド

ロ、米のカリブ海での行動に懸念表明 ベネズエラ外相

ワールド

ベネズエラ原油輸出減速か、米のタンカー拿捕受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中