最新記事
米外交

WHO脱退も対中強硬姿勢も自分の失態隠し。トランプ外交が世界を破壊する

Trump Scapegoats China and WHO—and Americans Will Suffer

2020年6月1日(月)18時55分
ローリー・ギャレット(科学ジャーナリスト)

ジョージタウン大学の医療と法の専門家アレクサンドラ・フェランによると、アメリカがWHOから合法的に脱退するには、多額の金を払わなければならないし、米議会の承認なしに勝手に脱退することもできない

WHO憲章は、脱退の方法を具体的に定めている。脱退にさいして加盟国は負担金の未払い分などすべての債務を解消しなければならない、とフェランは言う。上院の承認と、および1年前の通知も必要だ。

医療政策に関する調査・提言を行うカイザーファミリー財団によると、負担金はGDPに基づいて算出されるため、アメリカの拠出額は過去10年間で年1億7000万ドルから1億1900万ドルだった。

その上アメリカは年間最大4億ドルの支援をしており、年間予算約48億ドルのWHOの最大の寄与者となっている。

だがトランプ政権になってからは常習的に負担金支払いを引き延ばしており、2019年の負担金8100万ドル、2020年の1億1800万ドルが未払いになっている。そして、トランプ政権は2018〜2019年にオバマ政権が約束した9億ドルの寄付をまだ認めていない。

最も貧しい人々を見捨てるのと同じ

トランプが議会や財政のハードルを越えることができるとしても、重大なモラルの問題は残る。WHOの支出のほとんどは、世界で最も貧しく、最も不十分な医療プログラムに対するものだ。

アメリカからの資金の欠如に加えて、コンゴ・エボラ出血熱の流行やCOVID-19パンデミックを含む緊急事態もあり、WHOは他の資金源の資金不足とコスト超過で13億ドルの赤字に直面している。

世界の医療従事者が外出禁止令やCOVID-19との戦いに駆り出されるなか、ポリオの撲滅活動など世界中の予防接種プログラムの実施は困難になっている。
WHOを含む多くの国際機関は5月22日、1歳未満の子ども8000万人が麻疹、ジフテリア、ポリオなど、ワクチンで予防可能な疾患にかかる危険があると警告した。アメリカがWHOへの財政支援を撤回するとなると、こうしたワクチン接種の取り組みはさらに挫折する可能性が高い。

国連の推定では、パンデミックが世界経済に与えた影響により、1億3000万人が極度の貧困に陥り、さらなる医療の需要を生み出す可能性があるという。マラリア対策は、サプライチェーンの問題や都市のロックダウンで混乱し、蚊帳や薬、検査装置の配布が中断されている。

他国との協調を拒み、自分に向きそうな非難の矛先を中国に向けるトランプの幼稚なやり方のつけは、COVID-19との戦いの現場や、国連の救急医療や子どもの予防接種、必須の医薬品、指導に頼る貧困層にまわってくる。

自分の失敗から世間の目をそらすために他人を罰するというトランプのやり方は、選挙を控え、任期終了間近の大統領としては理解できる。それでも非難されるべき行為であることには違いない。

From Foreign Policy Magazine

(翻訳:村井裕美、栗原紀子)

20200609issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月9日号(6月2日発売)は「検証:日本モデル」特集。新型コロナで日本のやり方は正しかったのか? 感染症の専門家と考えるパンデミック対策。特別寄稿 西浦博・北大教授:「8割おじさん」の数理モデル

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

SNS情報提出義務化、米国訪問に「委縮効果」も 業

ビジネス

三菱UFJFG社長に半沢氏が昇格、銀行頭取は大沢氏

ビジネス

午後3時のドルは154円後半、米雇用統計控え上値重

ワールド

インド総合PMI、12月は58.9に低下 10カ月
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中