最新記事

検証:日本モデル

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING

2020年6月11日(木)17時00分
西浦博(北海道大学大学院医学研究院教授)

magSR200611_Nishiura6.jpg

本誌6月9日号「検証:日本モデル」特集20ページより 資料:西浦博氏提供


SIRモデルを活用したシミュレーションで42万人死亡と試算したものが、上のグラフだ(3月19日の専門家会議の提言書内に示したもの)。その計算式には常微分方程式を用いた(計算コードはオンラインのプラットフォームGitHubに掲載した〔注1〕)。このとき異質性を加味して年齢群を0~14歳、15~64歳、65歳以上の3つに分けて計算した。

次に、基本再生産数について説明する。数理モデルでは、これは「R₀(アール・ノート)」と記述され、「人口集団が完全に感受性を有する者からなる場合に、1人の感染者が平均して何人に感染させるか」を表す。基本再生産数を用いると、前述の計算コードにあるようにSIRモデル上では感染係数がγR₀/N(ここでγが回復率、Nが人口)となる。

magSR200611_Nishiura7.jpg

本誌6月9日号「検証:日本モデル」特集21ページより

日本では北イタリアのように全く制御できないような大規模流行が十分な期間、観察されていないため、流行対策に影響されていない、流行を丸腰で受けた場合の基本再生産数R₀が定量化できていない。他方で、1人当たりの感染者が生み出す2次感染者数の平均値、つまり実効再生産数(ある時点における実際の再生産数)を経時的に推定している際、3月中旬以降に全国で2を少し超える程度で安定的な挙動を示したことから、流行対策の行われない状況下では2を超える安定的な値を取るものと考えられる。

そのため、3月中旬までの欧州諸国の推定値が2~3の間にあることに基づき、便宜的にドイツにおける流行の推定値である2.5を利用して数値計算を実施してきた。これまでの自身の研究を基に平均世代時間(1人の感染者が感染してから、その2次感染者が感染するまでの期間)を4.8日と想定しているが、SIRモデルでは平均世代時間が平均感染性期間(感染源が感染性を有する期間)に等しいため、それを1/γ=4.8日とした。

では、R₀は爆発的な感染者数の増加が見られた国でそれぞれが算出しているなか、なぜ日本はドイツの推定値に依拠したのか。ドイツでは医療提供体制が堅実に守られつつサーベイランス(感染症の発生動向調査)が行われており、欧州における推定値のちょうど中央値の位置にあったためだ(詳細に不確実性を検討するには、R₀を2~3に変動させて計算をする感度分析を実施するのがいい)。

先述のとおり、年齢群は15歳未満の子供、15~65歳未満の成人(生産年齢人口)、65歳以上の高齢者、という3つに分けた。年齢群を分けて計算しているのは、子供は発病者・重症者が少なく、他方で高齢者に重症化する患者が多いという年齢別の特徴を加味するためだ。

ただし、観察情報が十分でない間、より詳細な年齢区分は本数値計算では省略している。例えば、年齢に応じた感染性の異質性(年齢依存性)は不明なので考慮することができておらず、感受性だけを、早期にデータが集まっていた武漢の2月初旬までの重篤患者数 (子供はほぼゼロ、生産年齢人口:高齢者でおおむね1:3から1:4程度の比)に同数程度の時点で合うように年齢群別のalpha という比率で分布するように調整した。

――――――――――
〔注1〕GitHub掲載 <https://github.com/contactmodel/COVID19-Japan-Reff> 内の「BerkleyMadonna_May2020.txt」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日経平均は安寄り後一進一退 ハイテク株高い

ワールド

スウェーデン、26年成長率は3%に上方修正 今年0

ワールド

マイクロソフト、「シェアポイント」攻撃受け一部中国

ワールド

ベラルーシとイラン、軍事協力など関係深化へ 首脳会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 4
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 5
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中