最新記事

アメリカ経済

通貨安国に「制裁」を課すトランプの新関税ルールは矛盾がいっぱい

2020年2月11日(火)16時00分
キース・ジョンソン

中国は安い人民元を利用して輸出大国に成長したが NIPASTOCK/ISTOCKPHOTO

<新ルールの下では、米商務省が通貨安と判断したあらゆる国からの輸入品が課税対象になるかもしれない。だがそもそも、ドル高を招いているのはトランプなのでは......?>

トランプ米大統領は関税を貿易戦争の武器に使ってきたが、同時に長い間、外国が人為的に自国通貨を安く維持することでアメリカを出し抜いていると信じてきた。そして今、トランプはこの2つを組み合わせた危険な新ルールを打ち出した。

米商務省が2月3日に発表した新ルールは、通貨安を誘導して輸出品の価格を下げ、アメリカ製品との競争で優位に立っていると見なした国に関税を課すというもの。アメリカが課す「補助金相殺関税」は通常、市場価格に比べ不当に安く売られていると証明された特定の輸入品が対象となる。

それが今後は、商務省が通貨安と判断したあらゆる国からの輸入品が課税対象になる可能性がある。だが、この新ルールはトランプ政権自身の通商政策が生んだ「負の副産物」の埋め合わせにすぎない。

7日発表の1月の雇用統計が市場予想を上回ったことからも分かるように、アメリカ経済は依然好調だが、貿易戦争の影響が大きい農業や製造業などでは雇用が減り、倒産が増えている。

1月の雇用統計は全体の数字はいいが、製造業では1万2000人分の仕事が消えた。トランプの保護主義的政策が重工業、製造業の多いラストベルト(赤さび地帯)の雇用拡大につながっていない実態を浮き彫りにする数字だ。

アメリカは数十年前から、通貨安を武器に輸出を伸ばす国々を批判してきた。1980年代には日本が、その20年後には中国が安い自国通貨をテコに輸出大国になった。どちらのケースでも、アメリカの製造業の一部はドル高の犠牲になったが、アメリカの消費者は逆に恩恵を受けた。

米中貿易交渉に暗雲が

通貨安を理由に関税をかけるアイデアは以前からあったが、これまでは2つの理由から否定的な見方が大勢を占めていた。まず、ある通貨が不当に安いかどうかを判断するのが困難なこと。多くの通貨は外為市場で自由に取引され、さまざまな理由によって変動する。

そして「補助金相殺関税」は法律上、特定の外国政府の補助金によって人為的に安く抑えられている輸入品に対する関税であり、その国の通貨が安いだけでは適用できない。ドルが中国の人民元やユーロ、円に対して割高だとすれば、原因の一部はトランプの通商政策、特に関税だ。

トランプが外国製の鉄鋼やアルミ、中国製品の大半に課した関税は、アメリカの消費者にとって値上げ要因になる。国内に失業者があふれ、操業停止中の工場がたくさんあれば、関税が国内生産の増加につながる可能性はある。

だが現在、アメリカの失業率は歴史的な低水準にある。「完全雇用状態の経済において関税が輸入品の価格を押し上げる場合、国産の代替品に生産拡大の余地がなければ、何らかの形で輸入品の価格を元に戻そうとする力が働く。その結果がドル高だ」と、関税の影響に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授(経済学)は指摘する。

この動きが特に顕著になったのは、トランプ政権が本格的に関税を武器に使いだした2018年初めからだ。新ルールはアメリカの主要貿易相手国との軋轢をさらに高める可能性がある。

中国共産党系のタブロイド紙・環球時報の英語版は、このルールが中国に適用された場合、ようやく実現した米中交渉の「第1段階合意」もその後の貿易交渉も「重大なリスク」にさらされると警告した。

<2020年2月18日号掲載>

From Foreign Policy Magazine

20200218issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月18日号(2月12日発売)は「新型肺炎:どこまで広がるのか」特集。「起きるべくして起きた」被害拡大を防ぐための「処方箋」は? 悲劇を繰り返す中国共産党、厳戒態勢下にある北京の現状、漢方・ワクチンという「対策」......総力レポート。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシア、対米関税交渉で「レッドライン」は越えず

ビジネス

工作機械受注、6月は0.5%減、9カ月ぶりマイナス

ビジネス

米製薬メルク、英ベローナ買収で合意間近 100億ド

ビジネス

スターバックス中国事業に最大100億ドルの買収提案
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中