最新記事

海面上昇

洪水対策:ニューヨークの海上に「巨大な壁を建設する」案が議論の的に

2020年1月28日(火)17時45分
松岡由希子

2012年のハリケーンでは、65万軒以上の家屋が被害を受けた...... Lucas Jackson-REUTERS

<今後の海面上昇が懸念されるなか、ニューヨークの海上に「巨大な壁を建設する」という案が議論を呼んでいる......>

2012年10月、大型ハリケーン「サンディ」が米国東部に上陸し、ニューヨーク市でも甚大な被害に見舞われた。マンハッタン島の最南端ロウアー・マンハッタンには13フィート(約4メートル)以上の高潮が押し寄せ、ニューヨーク湾内のスタテン島では時速80マイル(約128キロメートル)の暴風を記録。ニューヨーク市の陸域の17%にあたる8万8700世帯で浸水し、52名の住民が命を落とした。

海上に第一防壁、イースト川に第二防壁を設置

土木工事プロジェクトの計画・設計・施工を担当するアメリカ陸軍工兵隊(USACE)では、ニューヨーク州からニュージャージー州の沿岸部および支流地域を対象として高潮や洪水のリスクに備える5つの対策案を策定し、その実現可能性(フィージビリティ)を検討している。2022年夏には最終報告書が公表される見込みだ。

アメリカ陸軍工兵隊が検討をすすめている5つの対策案のうち、とりわけ議論の的となっているのが「海上に巨大な壁を建設する」という案である。ローワー・ニューヨーク湾口にあたるニュージャージー州の半島「サンディフック」からニューヨーク州の「ファー・ロッカウェー」までの約9.6キロにわたって海上に第一防壁を設置したうえで、ニューヨーク市を流れるイースト川に第二防壁を設置するというものだ。

米紙ニューヨーク・タイムズによると、この案で必要となる建設費は1190億ドル(約13兆400億円)にのぼり、一連の建設には25年を要するという。

海上の防壁は、その建設に膨大な費用と時間を要するのみならず、構造上、高潮は防げるものの海面上昇から守ることはできないため、その有効性に懐疑的な見方が広がっている。

2020年1月19日にはドナルド・トランプ米大統領が公式ツイッターアカウントで「滅多にない暴風雨からニューヨークを守るために2000億ドルもかけて巨大な壁を海上に建設するのは、高価すぎるし、馬鹿げている。環境にもやさしいとはいえない案だ。万一のときもおそらく役に立たないだろう」と痛烈に批判した。

2050年代に50センチ上昇すると予測されているが......

ニューヨーク科学アカデミーが2015年2月16日に公表した報告書によると、ニューヨーク市の海面は2050年代に最大21インチ(約53センチ)、2080年代には最大39インチ(約99センチ)上昇すると予測されている。

今後の海面上昇が懸念されるなか、地元の地方政府からもこの案を再考するよう求める見解が示されている。ニューヨーク市のスコット・ストリンガー会計監査官は、2019年10月23日、アメリカ陸軍工兵隊に宛てた書簡において、「気候変動に伴う海面上昇や洪水の脅威がより広範で複雑になるなか、海上に防壁を設置するという案は、近視眼的な発想と言わざるを得ない」とし、「むしろ、擁壁護岸、砂丘、湿地再生など、陸地のレジリエンシー(災害からの回復力)強化に向けたプロジェクトをより統合的かつ全体的なシステムとしてすすめていくべきだ」と説いている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中