最新記事

イギリス

開発援助を軽視するジョンソンの勝利で、イギリスは国際社会の信頼も失う

JOHNSON’S WIN IS A LOSS FOR BRITISH POWER

2019年12月26日(木)19時00分
ゴードン・ブラウン(元英首相)

「離脱後」の舵取りをジョンソンの保守党に任せていいのか MELVILLE-REUTERS

<世界の貧困解消に貢献するODAを担ってきた国際開発省が外務省に編入されようとしているが、ODAを外交ツールにしてはならない>

イギリスのEU離脱に決着をつけるために仕組まれた2019年12月12日の総選挙で、国民は苦渋の決断を迫られた。そしてジョンソン首相率いる保守党に下院の単独過半数の議席を与えた。その是非は問うまい。だがEU離脱を除いて、イギリスの未来に関わる重要課題がほとんど話し合われなかったのは残念だ。

その最たるものが、保守党による、国際開発省をつぶして外務省に編入するという構想だ。実現すれば、年間140億ポンド(約2兆円)に上るODA(政府開発援助)予算の差配が外務省に委ねられることになる。

確かにODAを外交のツールとして使えれば、イギリスは国際舞台で政治的パワーを取り戻せるかもしれない。しかしイギリスのソフトパワーは失われてしまう。この国は世界の貧困解消に惜しみなく貢献することで世界中に恩恵をもたらしてきたし、その開発援助ゆえに世界中で高く評価されてきた。22年前に国際開発省が復活して以来、イギリスのODAは何億もの人々を貧困から救い、命を救い、何億もの子供たちが学校へ通えるようにしてきた。7億人の子供にワクチン接種を受けさせる計画も主導したし、気候変動の影響を直接的に受ける貧困国への援助でも先頭に立ってきた。

ODAは外交のツールにあらず

しかしジョンソンは、「離脱後」のイギリスが国際的な影響力を維持するには外務省の強化が必要と考えている。だが国際開発省を格下げすれば、イギリスの国際的な信頼が損なわれる。外交には秘密が付き物だが、ODAには透明性が求められる。いわゆる「ひも付き援助」でないかどうかを第三者が確かめてこそ、その援助は本物になるからだ。

国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現に主導的な役割を果たすことで、イギリスは国際社会で高い評価を得た。しかし国民がこの点を正しく理解しているとは言い難い。各種の世論調査によれば、有権者の多くは国家予算の20%ほどがODAに振り向けられていると思っているようだが、実際は1%に満たない。イギリスの援助額だけではアフリカの子供がノート1冊を買うのがやっとだと知れば、たいていの有権者はショックを受ける。

外交とODAは別物であり、どちらも同じくらいに重要だと訴える人々の声に、ジョンソンは耳を傾けるべきだ。元国際開発相のヒラリー・ベンは「援助の仕事は専門家に任せるべき」だと言い、元外相のマーガレット・ベケットも「国防と開発援助、外交のリーダーシップ」の巧みな組み合わせが「国家安全保障には死活的に重要」だと強調している。外務省の内部にも、ODA予算を取り込んで外務省の赤字を埋めようという考えは「根本的に間違っている」との批判がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

ウクライナ南部オデーサに無人機攻撃、2人死亡・15

ビジネス

見通し実現なら利上げ、不確実性高く2%実現の確度で

ワールド

米下院、カリフォルニア州の環境規制承認取り消し法案
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中