最新記事

安全保障

クルド人の悲劇からアメリカの同盟国が学ぶべき教訓

Kobani Today, Krakow Tomorrow

2019年10月17日(木)19時25分
ガーバン・ウォルシュ

米軍がシリアから逃げたとき、欧州は何もできなかった(写真は2018年、シリア北部マンビジの米軍用車) Aboud Hamam-REUTERS

<安全保障でアメリカを頼りにしている国は、肝に銘じる必要がある。トランプが米軍撤退をチラつかせながら理不尽な要求を突き付けてきたらどうするのかを>

ドナルド・トランプ米大統領が唐突にシリアからの米軍撤退を決定し、米軍と共にIS(自称イスラム国)と戦ってきたクルド人勢力を見捨てたため、シリア北部のクルド人は今やトルコの猛攻にさらされている。

トルコは、クルド人が住むシリアの国境地帯に幅30キロ程の空白地帯を設置する考えだ。トルコ軍の空爆や砲撃が続くなか、国境の町では逃げ遅れた住民がトルコ民兵の残虐行為の犠牲になっている。これまでも迫害の歴史に耐えてきて、またも裏切られたクルド人はこんな諺を思い出していることだろう。「われわれの友人は山だけだ」

トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、2011年から続くシリア内戦からトルコに逃れてきた難民を、件の空白地帯に帰す(追放する)つもりだ。シリアとトルコの国境地帯に住むクルド人を追い散らし、同時にお荷物のシリア難民を放り出す「一石二鳥」の妙案、というわけだ。

トランプの決定がアメリカの中東戦略に壊滅的な影響をもたらすだろう。トランプは、米軍と共にIS掃討作戦を担ってきたクルド人を、オオカミの群れの中に放り出した。米軍は、頼りになる盟友を見捨てただけでなく、捕虜となった欧州出身のIS戦闘員の身柄を保護する責任も放棄した。本来は欧州各国が引き取るべきところだが、これまで拒否してきたのだ。

<動画>シリア北部マンビジ、米軍兵士の撤収後(1:10頃~)


「ISが再び息を吹き返すのを非常に危惧している」と、フェデリカ・モゲリーニEU外交安全保障政策上級代表は今週語った。モゲリーニの後任に指名されたスペインのジョセップ・ボレル外相は、「どうするつもりか」と記者に詰め寄られると、困った顔で「われわれには魔法の力はない」と答えた。

クルド人の悲劇を世界の教訓に

欧州諸国は1990年代のユーゴスラビア紛争の教訓を忘れてしまったようだ。ルールに基づく国際秩序を保つのは「魔法の力」ではなく、他国への侵攻を阻止し、侵攻した場合はすぐさま反撃できる軍事力だ。

「米軍が撤退しなければ、(トルコのシリア)侵攻は不可能だった。米軍撤退が攻撃の前提条件だった」と、ボレルは語ったが、明白な事実には言及しなかった。欧州には、撤収する米軍に取って代わる軍隊がないということ、彼にあったとしてもそれを動かす政治的意思が欠如しているということだ。

力の空白を即座に埋める手段も意思も持たないために、欧州は無力な傍観者となった。おかげで今や、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とシリアのバシャル・アサド大統領がその空隙を埋めようとしている。「クルド人の守り手」「地域安定の請負人」を標榜し、クルド人が多大な犠牲を払ってISから奪還した領土を奪おうとしている。

トランプの気まぐれなシリア撤退が、欧州にもたらした安全保障上のダメージも、IS復活の可能性にとどまらない。それよりはるかに深刻なのは、トランプが米軍の強大な力を利用して、「守ってほしければ言うことを聞け」と、同盟国にまで圧力をかけるようになる脅威だ。

安全保障でアメリカを頼りにしている国は、肝に銘じる必要がある。トランプの個人的な企み(例えば、米大統領選のライバルになりそうな民主党のジョー・バイデン前副大統領の息子の不正ビジネス疑惑を暴くこと)に協力しなければ、自力で国を守るしかなくなるかもしれない。

東欧諸国にとっては、これは究極のホラーだ。旧ソ連の国だったが今はEUとNATOの加盟国であるバルト3国は、米軍が守ってくれなくなれば、すぐにもロシアに攻め込まれかねない。右派の「法と正義」党が政権に返り咲いたばかりのポーランドも、自力ではとてもロシアの脅威に対抗できず、今や必死でトランプの顔色をうかがっている。

<参考記事>メルケル独首相、アメリカはもう同盟国ではない?
<参考記事>アジアに、アメリカに頼れない「フィンランド化」の波が来る

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

リクルートHD、今期10%増益予想 市場予想は下回

ビジネス

午後3時のドルは145円半ばへ小幅反落、楽観続かず

ビジネス

再送中国SMIC、第1四半期は利益2.6倍 関税影

ビジネス

中国4月輸出、予想上回る8.1%増 ASEAN向け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..最新技術で分かった「驚くべき姿」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 6
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 7
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 8
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 9
    韓国が「よく分からない国」になった理由...ダイナミ…
  • 10
    あのアメリカで「車を持たない」選択がトレンドに …
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中