最新記事

シリア情勢

トルコの侵攻を黙認する見返りに、米国、ロシア、シリア政府が認めさせようとしていること

2019年10月15日(火)18時55分
青山弘之(東京外国語大学教授)

黙認への見返りに、ロシアとシリア政府が求めるもの

だが、トルコの侵攻を黙認したことへのより大きな見返りを求めてくるのは、米国ではなく、ロシアとシリア政府だ。そして、その舞台がイドリブ県となることは、シリア情勢を少しでも知っている者であれば容易に見当がつく。

ロシアとシリア政府は、2018年1月から3月にかけてトルコ軍がシリア北西部のアフリーン郡(アレッポ県)に対する侵攻作戦(「オリーブの枝」作戦)を敢行し、同地を占領することを許す見返りとして、イドリブ県東部のアブー・ズフール町一帯、ダマスカス郊外県東グータ地方、そしてダルアー県での反体制派掃討をトルコに黙認させた(拙稿「トルコのアフリーン郡侵攻、漁夫の利を得るシリア政府:シリア情勢2018(2)」Yahoo! Japan ニュース、2018年2月14日、「世紀の取引、革命発祥の地の陥落:シリア情勢2018(6)」Yahoo! Japan ニュース、2018年3月4日を参照)。「平和の泉」作戦は、こうした動きに似た新たな取引を促す可能性が高いのである。

その兆候は、現地ですでに現れている。イドリブ県では、シリアのアル=カーイダと目されているシャーム解放機構、トルコの支援を受ける国民解放戦線(シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団、アル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動などが主導)、バラク・オバマ前米政権が支援した「穏健な反体制派」の一つのイッザ軍、さらには新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構などが抵抗を続けてきた。これに対して、シリア・ロシア軍は4月から爆撃を再開し、8月下旬までにハマー県北部のカフルズィーター市、ムーリク市、イドリブ県南部のハーン・シャイフーン市などを制圧した。

両軍は北進を続けるに見えた。だが、アスタナ会議(シリア政府と反体制武装集団の停戦を目的とする会議)の保障国であるロシア・イラン・トルコの首脳会談(9月16日)を目前に控えた8月31日、シリア・ロシア軍は一方的停戦を発表した。この首脳会談で具体的に何が協議(合意)されたかは定かではない。だが、トランプ大統領が撤退を決定する2日前の10月4日、アレッポ県北部のトルコ占領地で活動を続ける国民軍(スルターン・ムラード師団、シャーム戦線などが主導)が、トルコの要請に応えるかたちで国民解放戦線を統合したのである。これにより、トルコの支援を受けてきたイドリブ県の反体制派は糾合し、(再び)アル=カーイダ系組織と一線を画すようになり、「平和の泉」作戦開始とともに、トルコ軍とともにシリア北東部に侵攻した。

シリア・ロシア軍がイドリブ県に取り残されたシャーム解放機構やその共闘組織に掃討作戦を仕掛けるかどうか、あるいはトルコがこれを回避するために戦闘員を懐柔できるかどうかは、今のところ定かではない。だが、シリア政府とロシアは、イドリブ県全域とは言わないまでも、アレッポ市とハマー市を結ぶM4高速道路、アレッポ市とラタキア市を結ぶM5高速道路を掌握し、一方で反体制派支配地域を分断(ないしは縮小)し、他方でシリア第2の都市アレッポ市の復興を軌道に乗せようとしている。トルコはこの野望に何らかのかたちで応えることを求められるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中