最新記事

野生動物

世界で最も有名なオオカミ「OR-7」を知っているか?

The Call of OR-7

2019年8月16日(金)16時53分
ウィンストン・ロス(ジャーナリスト)

14年に遠隔カメラが捉えたOR-7の姿 COURTESY OF USFWS

<オオカミは保護すべき希少動物か、駆除すべき害獣か――人間たちの論争を尻目に、果てしなき旅を続ける1頭のオオカミの物語>

オゥゥゥ、オゥゥゥ、オゥゥゥ〜! ジョン・スティーブンソンが口に手を当て、長く悲しげな遠ぼえをした。その叫びはローグ川・シスキュー国立森林公園の奥へと吸い込まれる。オゥゥゥ〜!

スティーブンソンは米魚類・野生動植物局の職員で野生動物学者。呼び掛ける相手は識別番号OR-7、世界で最も有名なオオカミだ。17年5月のこと、スティーブンソンはオレゴン州南部の深い森にたたずみ、遠ぼえの返事を待った。だが、答えはない。

モミの巨木に設置した追跡カメラに残る1400枚以上の画像もチェックしたが、写っているのはクマやボブキャットやシカばかり。どうやらOR-7とその仲間たちは餌を求めて、山の反対側に行ってしまったらしい。彼の首に取り着けたGPS発信機は3年前から機能していないから、今は遠ぼえとカメラだけが頼りだ。

OR-7は11年に、その名を歴史に刻んだ。繁殖の相手を見つけるために群れを離れ、オレゴン州北東部から山を越え、高速道路の高架下をくぐり抜けて2000キロ近くも旅をし、ついにカリフォルニア州北部のラッセン火山国立公園に到達した。1924年以来、カリフォルニア州内に立ち入った野生のオオカミは彼が初めてだった。

OR-7の到着によってカリフォルニア州の政策は変わり、世界中の人が彼の遍歴に注目した。彼が産ませた子は全部で17頭。みんなオレゴン州南部やカリフォルニア州北部で子を増やし、今やオレゴン州では、沿岸部を除けばどこにでもオオカミがいる。

OR-7は立派に「種の保存」に貢献した。だから自然保護の活動家には称賛されるが、牧場主には目の敵にされる。連邦政府は1974年にオオカミを絶滅危惧種に指定したが、個体数の回復につれ、オオカミが家畜にもたらす被害への反発が高まってきた。

いくつかの州でオオカミが絶滅危惧種のリストから外された11年以降、約5000頭が「駆除」された。今は全米レベルでの指定解除も検討されている。しかしOR-7の冒険に感銘を受けた活動家たちは、なんとしても阻止する決意を固めている。

20世紀の半ばまでに、オオカミは狩猟によって激減した。ハイイロオオカミの個体数はピーク時の推定200万頭から500頭へと落ち込んでいた。しかし自然保護の先駆者アルド・レオポルドらの活動で、オオカミを守ろうという機運が高まった(レオポルドの遺著『野生のうたが聞こえる』〔邦訳・講談社学術文庫〕は20世紀後半の環境活動家のバイブルだった)。

そして95年、米政府はカナダで捕獲したオオカミ35頭をイエローストーン国立公園とアイダホ州中部に移す空輸作戦を開始。以後、個体数は徐々に回復していった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中