最新記事

フランス

フランスの航空運賃課税は、暴動を防ぐマクロンの苦肉の策

2019年7月12日(金)16時10分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

じつは、かつては高速道路の料金の一部が今回飛行機への課税の理由とされた鉄道などのインフラ整備のための負担金として徴収されており、管轄する交通インフラ資金調達庁の予算の半分をしめていた。民営化とともにこれもなくなった。148億ユーロの高速道路会社株の売却収入のうち40億ユーロが交通インフラ資金調達庁に割り当てられたが、その資金も枯渇してしまった。そこで、オランド大統領の時代に、一般国道を走る3.5トン以上のトラックに環境税をかけようとした。課税のために、対象となる車を感知する装置までフランス中に設置された。しかし、2013年の秋、黄色いベストならぬ「赤いニット帽」を被った運動でだめになった。民衆に装置は壊され、システム受注した民間会社からは違約だと訴訟を起こされた。しかも高速道路からの負担金の代わりに使われたのが燃料税であった。

おりから、大阪G20の最中に南米南部共同市場(メルコスール)とEUの自由貿易協定が締結された。批准手続きにまだ数年かかるが、7月3日のEU首脳会議でマクロン大統領は全面的な賛成を表明した。

これによって、アルゼンチンなどの牛肉の輸入価格が一気に下がる。だが農民団体からは「車と引き換えに農家を殺すのか」と早くも大きな抗議の声があがっている。

飛行機ボイコット運動よりずっと過激

たしかに、春になるとともに「黄色いベスト」の動員数は減り、静かになった。しかし、この運動のもとになった格差への庶民の不満はあいかわらずくすぶっている。激しさと組織力で知られる農民運動をきっかけにいつ覚醒するかしれない。

一方、牛肉は、フランス国内でも十分に生産できているのに、なぜ南米からわざわざCO2を撒き散らして飛行機で運ぶのか、遺伝子組み換え飼料や薬品の使用などについて十分な検査もおこなわれていないとエコロジストも反対している。

5月末に、エコロジストや左翼の「不服従のフランス」などから列車で5時間以内のところの飛行機路線は廃止するという議員立法がだされた。あのときには、スウェーデンでうまれた飛行機ボイコット運動(「飛び恥」運動)がメディアやSNSで話題になったので、それに乗っかっただけ、という感じで、別に国民運動にもならなかった。

だが、農民運動と「黄色いベスト」とエコロジーの組み合わせは危ない。しかも、猛暑異常気象で地球温暖化が肌で感じられている。

このリスクを察知して先手を打ったのだろう。果たして、マクロン大統領の思惑通りに行くのだろうか。

hirooka-prof-1.jpg[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。


20190716issue_cover200.jpg
※7月16日号(7月9日発売)は、誰も知らない場所でひと味違う旅を楽しみたい――そんなあなたに贈る「とっておきの世界旅50選」特集。知られざるイタリアの名所から、エコで豪華なホテル、冒険の秘境旅、沈船ダイビング、NY書店めぐり、ゾウを愛でるツアー、おいしい市場マップまで。「外国人の東京パーフェクトガイド」も収録。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ議会、8日に鉱物資源協定批准の採決と議員

ワールド

カナダ首相、トランプ氏と6日会談 ワシントンで

ビジネス

FRB利下げ再開は7月、堅調な雇用統計受け市場予測

ワールド

ガザ封鎖2カ月、食料ほぼ払底 国連「水を巡る殺し合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中