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ラガルドECB総裁を待つ難題 エコノミストが中銀トップの時代は終わった

2019年7月8日(月)18時45分
アダム・トゥーズ(コロンビア大学歴史学教授)

イタリアの財政状況も相変わらず深刻だ。昨年は、国家財政の危機と金融機関の経営危機の悪循環が起きる悪夢が再び頭をもたげてきた。この悪循環を断ち切れるのはECBだけだ。

このような重責を担うECBの総裁を選ぶ際は、金融政策の手腕と中央銀行の独立性を重んじるべきだと思うかもしれない。しかし、その原則が通用したのは、元FRB議長のベン・バーナンキのような学究肌の専門家が中央銀行トップを務めた時代の話だ。

弁護士から政界に転じたラガルドは経済学者ではなく、ましてや中央銀行での実務経験もない。昨年、やはり経済学者ではないジェローム・パウエルがFRB議長に就任したのに続き、ラガルドがECB総裁に指名されたことは、超一級の経済学者が中央銀行トップを務める時代が終わったことを意味している。

今回、政治家兼法律家がECBの総裁に選ばれたことに不満を抱くより、これを時代の変化を象徴するものと受け止めたほうがいい。完全に政治的な理由でラガルドが次期総裁に指名されたことは、EUの経済と政治が大きく変わりつつあるなかでECBの存在感が大きく高まったことを反映している。

一連のユーロ危機を通じて明らかになったように、政治と金融政策の境界線は常に変化し続けるものだ。現ECB総裁のマリオ・ドラギは金融政策に精通しているが、総裁として成功できたのはそれだけが理由ではない。卓越した外交手腕を持っていたこと、そして欧州通貨統合の深化という一大政治プロジェクトにのっとった行動を取ったことも大きかった。

ドラギは、1990年代にイタリアの経済財務省で総務局長を務めたときに欧州通貨統合を推進したことで知られている。このとき財政規律を重んじたことで、緊縮財政志向の強いドイツからも信用を得ていた。

これらの要素がなければ、2012年7月、ユーロを安定させるために「いかなる措置をも取る用意がある」と宣言することはできなかっただろう。2015年に思い切った量的緩和策を導入することもできなかったに違いない。

前任者の路線を継承?

ドラギは、ECB総裁に政治的なふてぶてしさが不可欠なことも実証した。この10年間で明らかになったように、ECBが中央銀行らしく国債市場を支え、加盟国がデフレに陥ることを防ごうとすれば、金融緩和に消極的で財政均衡を重んじるドイツや北欧・東欧諸国の不興を買う可能性が高い。

一方、こうした国々に受けのいい政策を採用すれば、ユーロ圏が崩壊する可能性が高い。ユーロ圏の安定が遅々として進まず、イタリアの債務問題が危険な状況にあるなかで、破滅的な危機が起きる可能性は無視できない。誰がECBの総裁になるかは、ヨーロッパだけでなく、世界の金融システムにも影響を及ぼすのだ。

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