最新記事

東南アジア

喧伝される「勝利」に潜む、フィリピン麻薬戦争の暗い現実

2019年6月25日(火)19時00分
デービッド・ハット

ドゥテルテは麻薬撲滅という大義名分の下に超法規的殺人を黙認 LEAN DAVAL JR.ーREUTERS

<超法規的殺人が横行、刑務所は超過密状態――その場しのぎの対応が悪循環を生む>

フィリピンのドゥテルテ大統領が、自身の看板政策である「麻薬戦争」について国際刑事裁判所(ICC)で追及されるかもしれない。6月7日、国連人権理事会が任命した専門家らはこの問題について独立した調査の実施を理事会に要請した。

「フィリピン各地で明らかに超法規的に大量殺人が行われていることを非常に憂慮する」と専門家らは報告書で指摘した。ドゥテルテが大統領に就任した16年以降、麻薬撲滅作戦による死者はフィリピン政府によれば約5300人。一方、人権団体は2万~3万人が殺害されていると主張している。

しかし、フィリピンだけでなくアジア各地で麻薬戦争のニュースが注目を集めている今、その効果を疑ってみる価値はある。単刀直入に言って、こうした麻薬戦争は実際に効果を上げているのだろうか。

明言はできないが、いくらか答えになる証拠はある。例えば国際薬物政策連合(IDPC)は今年2月の報告書で、これらの政策は大して成果を上げていないと結論付けた。東ティモールの元大統領で現在は国際NGOの薬物政策国際委員会のメンバーであるジョゼ・ラモス・ホルタは、フィリピンを含むアジアで続く麻薬戦争の継続について次のように書いている。

「このままでは、疑わしいというだけで超法規的に大勢の人々が殺害され(フィリピンでは過去3年間で2万7000人以上)、薬物依存からの更生という名目で身柄を拘束され(アジア全域で30万人以上)、超過密状態の刑務所に収監されている(アジアの刑務所に収監されている人の50~80%が薬物犯罪者)状況が引き続き悪化するのを、各国政府が容認するという合図になるだろう」

政府による麻薬戦争は効果があるからではなく、国民を結束させて政治的目的を確実に達成しようという思惑に根差しているとする見方もある。東南アジアの犯罪に詳しいアメリカ人ジャーナリストのパトリック・ウィンは、アジアの麻薬取引に関する著書の中で、ドゥテルテの麻薬戦争は社会的脅威に対する道徳的な戦いであり、有効かどうかに関係なく、手段が目的を正当化すると指摘している。

問題の根元は社会矛盾

とはいえ、麻薬戦争を単なる政治的動員の手段と見なすことは、民衆を麻薬に走らせる状況の根底にある社会や経済の問題に取り組んでいないのと同じく、何の役にも立たないだろう。麻薬戦争を行ったところで、系統立った構造改革なくして麻薬問題がなくならないのは明らかだ。

根底にある問題に取り組まない限り、アジアでは麻薬の問題が今後も残り、深刻な結果を招くだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中