最新記事

東南アジア

インドネシア大統領候補に人権弾圧の疑惑 今なお13人の民主活動家が行方不明のまま

2019年3月15日(金)18時51分
大塚智彦(PanAsiaNews)

有権者の大多数はプラボウォ氏の過去知らず

4月の大統領選挙で投票権を行使して次期大統領を選ぶインドネシアの有権者は約1億8711万人いるが、そのうち初めて投票する17歳〜21歳の有権者が約700万人。またミレニアル世代と称される17歳から34歳ぐらいまでが有権者の半数を占めているという。

こうした有権者は1998年前後の民主化に向けてインドネシア社会が混乱し、多くの人権侵害事件が起きていたこと、その背後に存在した治安部隊が関与した闇の歴史を実体験あるいは肌感覚として記憶していない。

そうしたことが反映してプラボウォ氏は大統領候補として各種世論調査で30〜40%近い支持率を維持しているという。

プラボゥオ氏が今回の大統領選で特にアピールしているのが「強い指導者」。庶民派といわれインドネシア社会の伝統でもある「ムシャワラ(話し合い)」やジャワ人の特長ともいわれる「ゴトンロヨン(相互扶助)」を重んじる政治姿勢のジョコ・ウィドド大統領とは異なり、「上からの強力な指導力で国民を、政治をぐいぐい牽引する強い指導者像」を訴え、若者や都市部インテリ層の間で支持をじわじわと広げている。

政権側も真相解明に及び腰の理由

過去の人権侵害事件などの真相解明に積極的に取り組んでいるジョコ・ウィドド大統領だが、1997〜98年の民主化運動活動家の行方不明事件に関しては消極的というか及び腰なのが実情だ。

というのも現在のジョコ・ウィドド内閣は民主化運動当時、国軍司令官だったウィラント氏が政治法務治安担当調整大臣として入閣しており、下手にプラボウォ氏の人権侵害問題を再燃させれば、東ティモールでの人権侵害など数々の疑惑を過去にもたれたウィラント氏に疑惑と真相解明の動きが飛び火する懸念があるからだ。

プラボウォ陣営は3月13日、ジョコ・ウィドド政権に極めて近いとされる元国軍幹部で当時プラボウォ氏の直接の上官だったアグン・グムラール氏について「彼は行方不明となっている民主活動家の最後の消息を知っているはずであり、その情報を大統領に伝えるべきだ」と雑誌「テンポ」に語っている。

このように今回の大統領選ではジョコ・ウィドド大統領側、プラボウォ側のどちらにとっても民主化運動活動家の行方不明事件は「触れてほしくない時限爆弾」のようなもので、これまでの選挙運動でも「タブー視」されてきたのが現実だ。

それでも軍人の経歴がなく、事件に全く無関係のジョコ・ウィドド大統領に真相解明の期待がかかっているのは、対抗馬のプラボウォ氏が事件の関係者として深く関与しているためでもある。

インドネシアが民主化を実現させる過程で生じた"歴史の闇"ともいうべき活動家行方不明事件は、民主化達成後も国軍や諜報機関などが深く関わったことから、どの政権も真相解明に及び腰だった。殺害されていることが極めて濃厚な13人の行方不明者の家族、友人にとって、真の民主化はいまだ実現していないといえるだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

レバノン南部で国連要員3人死亡、インドネシア国籍 

ワールド

米、イランとの協議順調 紛争費用負担でアラブ諸国に

ワールド

米陸軍精鋭部隊、数千人規模が中東展開開始 イラン作

ワールド

中国の大手銀、金利マージン縮小の鈍化見込む 海外の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思われるドローンの攻撃を受け大炎上
  • 4
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 5
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 8
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 9
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 10
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 4
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 5
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 6
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 10
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中