最新記事

ゴミ問題

ゴミが溢れかえるエベレスト、ついに中国側ベースキャンプへの一般客の立入規制始まる

2019年2月28日(木)16時50分
内村コースケ

高山ではモラルも低下する?

当局はこれまで、一定の対策はしてきた。ネパール政府は各チームにつき4000ドルのデポジット(預託金)を取り、一人あたり約8キロのごみを持ち帰れば返金するシステムを取っている。中国も、ごみを持ち帰らなかった場合の罰金制度を設けている。また、定期的にゴミ拾いのクリーン作戦を行っており、ネパール側では今年は8,000メートルより上の「デス・ゾーン」にある遺体回収も試みるという。

しかし、登山者の多くは、ごみを放置して預託金や罰金を支払うことを選択するという。筆者は、途中で挫折した元ヘタレ山岳部員だが、8キロの荷物の有無は、特に空気の薄いヒマラヤでは死活問題だということはよく分かる。それに、空気が薄く、疲労がたまっていると思考力が鈍り、行動が雑になるものだ。私はエベレストに行ったことはないが、中国・四川省の峨嵋山(がびさん=標高3,099m)に行った際に、その感覚を経験した。

峨眉山は富士山よりも低いとはいえ、3,000m級の高山だ。にも関わらず、山頂までバスで一気に登ることができるので、登山に不慣れな一般観光客も多い。大昔の学生の頃の話だが、私もバスで山頂まで行き、徒歩で下る"峨眉下山"をしたことがある。ヒマラヤ登山では徐々に高度を上げて体を慣らしていく極地法が取られることが多い(これがごみを増やす要因にもなっているとも言われる)ように、車やヘリで一気に山頂へ行けば、体調への影響をより受けやすくなる。

私が峨眉山に行った際には、同行の友人が山頂についた途端に急激な眠気に襲われ、極寒の雪原に大の字になって眠り込んでしまった。私も軽い頭痛に悩まされ、いくらかろれつも回らなくなったように思う。ボーッとした頭で薄笑いを浮かべて倒れている友人を乱暴に叩き起こして下山の道を急いだが、そのような状態で、ごみを持ち帰る余裕など持てるはずもなかろう。

観光客が来ない山の清涼な風景

他の要因もあるだろうが、実際、峨嵋山の登山道の周りはごみだらけであった。それも、山頂に近いほどひどく、上の方は文字通り地面が見えないくらいビニール袋やプラスチックごみが堆積していた。世界遺産登録された今はだいぶましになったようだが、観光シーズンには係員が崖をロープで伝ってゴミ拾いをする様子が、中国メディアでしばしば報道されている。

一方、2001年には、内戦と米軍のタリバン掃討作戦が若干落ち着いた時期にアフガニスタンのバーミヤンの山岳地帯に行ったが、当地では、ごみが山積みになっているような光景はなかったと記憶している。長く戦争が続く場所に観光客が大勢来るはずもないが、現地の人たちの生活は脈々と続いていた。タリバンによって破壊された石仏があった山にも、岩肌に穴を掘った穴居に現地の人たちが暮らしていた。彼らは日常の中でスイスイと山岳地帯の稜線を歩く。バーミヤンの山は現地の人の生活の場として、風光明媚な環境を保っていた。

バーミヤンのような隔絶された土地では、地産地消のサイクルが成立していないと人の生活は成り立たない。人間の数が圧倒的に少ないことも当然関係あるが、深刻なごみ問題とは無縁な暮らしがそこにあった。ヒマラヤのシェルパ族の暮らしも、世界中から人々が押し寄せるようになった近年より以前は、似たようなものだったのだろう。AFPの取材に答えたベテランシェルパのペンパ・ドルジェさんは、今のエベレストの惨状について、「この山には、何トンものごみが捨てられている。とても不快だし、目障りだ」と吐き捨てている。

山の民の苦しみは、山に住む者だけが分かる

ごみを持ち込む側の先進国でも、山に暮らす人々の思いはドルジェさんと同じかもしれない。風光明媚な山岳地帯にあるアメリカ・ユタ州のパークシティでは、町出身のNPOのリーダーが、今年5月に予定しているネパール側ベースキャンプ周辺での清掃トレッキングのメンバーを、パークシティ住民限定で募集している。

2005年にネパールに移住し、内戦の避難民などに手を差し伸べるボランティア活動を経て、現在はエベレスト周辺の植樹活動などもしているルーク・ハンレーさんは、地元の自然とアウトドア・スポーツ、ボランティア活動を愛するパークシティの住民こそが、清掃登山ボランティアに適任だと地元紙に語っている。山の民の悲しみは、山間地に住む者だけが分かち合えるという発想だ。こうしたボランティア活動の参加者を、町を限定して募集するのは比較的珍しいのではないだろうか。

山の民の心意気は世界共通だというハンレーさんの思いが当たっているとすれば、火山列島に住む我々日本人ができることも、決して少なくないのではないだろうか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国軍が台湾周辺で実弾射撃訓練、封鎖想定 過去最大

ワールド

韓国大統領、1月4ー7日に訪中 習主席とサプライチ

ビジネス

米シティ、ロシア部門売却を取締役会が承認 損失12

ワールド

マレーシア野党連合、ヤシン元首相がトップ辞任へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中