最新記事

国籍

国籍が国際問題になり得るのはなぜか──国籍という不条理(3)

2019年1月31日(木)11時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

filadendron-iStock.


<「国外の自国民の保護」も「国内の外国人の権利保障」も、管轄権をめぐる争いの要因となり得る。昨今「二重国籍」を認めるべきであるという議論が高まっているが、二重国籍容認論は安全保障環境の変化と無縁ではないことを田所昌幸・慶應義塾大学教授は指摘する。論壇誌「アステイオン」89号は「国籍選択の逆説」特集。同特集の論考「国籍という不条理」を3回に分けて全文転載する>

※第1回:国籍売ります──国籍という不条理(1)
※第2回:二重国籍者はどの国が保護すべきか?──国籍という不条理(2)

国際的制度としての国籍

国籍は国家の人的管轄権の範囲を決める制度だから、これは必然的に国際的な制度でもある。だが、この特集でウェルチが論じているように(編集部注:「アメリカ人をやめた私――重国籍の逆説」、『アステイオン89』所収)、この面はあまり論じられてこなかったテーマである。国家の管轄権として伝統的に問題にされてきたのが、もっぱら領域的管轄権、つまり領土問題であることが、その一つの理由だろう。

現在の国際秩序の最も根幹にあるルールは、それぞれの国家がそれぞれの領土に対する支配を、相互に承認しあうことにある。だからこそ依然として領土問題は最重要の国際問題であり、実利的な価値に乏しい領土であっても、その領有権をめぐる争いが時として武力紛争にすら発展しかねない深刻性を帯びているのは、そのためである。

国籍は国家の人に対する管轄権の範囲を確定する制度であり、国家が誰に対して責任を持ち、誰から必要な資源を強制的にでも調達できるのかを確定する役割を担っている。個人の立場から見ると、もし二つ以上の国籍を持つと、いろいろな実利的あるいは精神的な利益があると同時に、複数の国に対する義務が、時として両立できないという問題が起こりうる。これは国際秩序の観点から見ると、領土問題と同様で、国家の管轄権が重複することに他ならない。これが国家間の紛争に発展する恐れがある点も、ウェルチが指摘するところである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中