最新記事

サイエンス

「恐怖の蚊」ネッタイシマカの全遺伝情報を暴く

2018年12月26日(水)14時30分
アリストス・ジョージャウ

デング熱など危険な病原菌を媒介するネッタイシマカ。そのゲノムを読み解いたことで、多くの可能性が広がってきた PongMoji/iStock.

<デング熱や黄熱病などを媒介するネッタイシマカのゲノム解読に成功――医学や生物学に大きな可能性をもたらしそう>

ネッタイシマカという蚊は、デング熱や黄熱病などの危険な病原菌を媒介し、毎年世界で数億人を感染させている。15~16年には、世界各地で広まったジカウイルスを媒介した蚊としても注目された。

ジカ熱の大流行を受け、72人の国際研究チームがネッタイシマカのゲノム(全ての遺伝情報)の解読に挑み、遺伝子の完全な設計図を解明。11月、科学誌ネイチャーに論文を発表した。

筆者の1人である豪クイーンズランド医科学研究所のゴーダナ・ラシッチは「何千もの遺伝子について知識が深まり、多くの新しい遺伝子が発見された」と言う。「蚊に刺されやすい人とそうでない人の差が生じる要因の解明に役立ちそうな遺伝子も特定できた」

殺虫剤への耐性を持つ遺伝子を特定し、より優れた殺虫剤を開発することもできそうだ。デング熱などのウイルス媒介に関する遺伝子を特定し、媒介できない蚊をつくることも可能になるかもしれない。「ネッタイシマカの発生を抑え病気の媒介を阻止する多くの手段に近づける」と、ラシッチは言う。

ネッタイシマカの研究は、ゲノムが断片的にしか解明されていなかったことで停滞していた。「ゲノム解読をやり直そうと考えた。07年に作成したものは極めて断片的だった」と、論文筆者の1人であるベンジャミン・マシューズ(米ロックフェラー大学)は言う。「今回のものは完全版だという自信がある。今まで知られていなかった数十の新しい遺伝子も特定できた」

新たに特定された遺伝子には、周辺のにおいを検知して産卵場所や人間の皮膚などに蚊を導く働きをする「イオンチャネル型受容体(IR)」がある。人間を見つけて刺すという蚊の能力を弱めることができる薬品の開発が可能になるかもしれない。

個体数のコントロールにも役立つ可能性がある。ネッタイシマカで血を吸うのは雌だけだ。今回の研究では蚊の性別を決める遺伝子が特定されたため、雄しか生まれないような遺伝子操作ができるかもしれない。

他の動物の種の研究にも役立つ可能性がある。「今回分かったゲノム配列は、他の種のゲノムを最新の技術を用いて解析する上での青写真になる」と、ラシッチは言う。

「広範な種について精度の高いゲノム配列を作成するきっかけになってほしい。そうすれば個々の生物について、あるいは別の種の間に働いている進化のメカニズムについて、さらに理解が進むだろう」

<本誌2018年12月25日号掲載>


※12月25日号(12月18日発売)は「中国発グローバルアプリ TikTokの衝撃」特集。あなたの知らない急成長動画SNS「TikTok(ティックトック)」の仕組み・経済圏・危険性。なぜ中国から世界に広がったのか。なぜ10代・20代はハマるのか。中国、日本、タイ、アメリカでの取材から、その「衝撃」を解き明かす――。

ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国、消費促進へ新計画 ペット・アニメなど重点分野

ワールド

米の州司法長官、AI州法の阻止に反対 連邦議会へ書

ビジネス

7-9月期GDPギャップ3期ぶりマイナス、需要不足

ワールド

韓国前首相に懲役15年求刑、非常戒厳ほう助で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中