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移民の歌

永住者、失踪者、労働者──日本で生きる「移民」たちの実像

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2018年12月17日(月)16時30分
望月優大(ライター、「ニッポン複雑紀行」編集長)

大きな企業は日本語教師を雇って日本語のレッスンを開くだけの体力がある。一方、TVAのメンバーが働くような中小企業では日本語教育がおろそかになりがちで、日本人ボランティアの好意に支えられた日本語クラスがその隙間を何とか埋め合わせているのが現状だ。人手不足を理由に中小企業での外国人労働者の導入が進んでいるが、国として、社会として、彼らが日本語を学ぶ機会すら十分に準備できていないという現実にはなかなか光が当たらない。追浜で会ったナカシマとナカハタのことがふと頭をよぎった。

帰り際、無精ひげを生やした上原に聞いた。忙しいですか? 「週7日働いていて、徹夜も多いですね」という答えが返ってきた。ギリギリの労働現場で、日本人とベトナム人が働いていた。上原の頭の中には、いつか彼らがベトナムに帰ってしまうのではないかという不安が常に付きまとっている。

2階の応接室から1階の工場へと降りると、シンナーのにおいがした。伊丹空港のすぐそばなので、ひっきりなしに飛行機の音が聞こえる。工場の奥に歩いていくと、大きな機械の前で自分に任された金属加工の仕事を黙々とこなすディエップの姿を見つけた。

前日に会ったとき、ベトナムで妊娠中の奥さんが病院に運ばれたと言っていたのでそのことを聞いてみた。奥さんは大丈夫? ──ディエップはパッと目を見開いて笑った。「生まれたんです」。予定日より15日早い出産だった。スマホの中で、生まれたての赤ちゃんがスヤスヤと眠っていた。

ディエップは来年5月に妻と子供を日本に呼び寄せようと考えている。「お父さんになったらちょっと大変だけど幸せ」。そう話す彼に将来のことを聞いてみた。これからずっと日本で生きていきたいと思っていますか?

「いつまでか、まだ決めてない。子供のため。子供が日本で慣れるか慣れないか。いま赤ちゃんだから、(これから)ずっと日本に住んで、きっと日本に住みたい(と思う)。でも友達から聞きました。外国人の子供は学校行って日本人の子供は『外人、外人』とか言う。これからどうかな。どんどん日本で外国人増えるから、みんなはもっと慣れるかな」

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上原精工で働くディエップは、自分に任された金属加工の仕事を黙々とこなす AKIHITO YOSHIDA FOR NEWSWEEK JAPAN

◇ ◇ ◇

追浜、郡山、豊中。日本で暮らす外国人たちから話を聞いてきた。

一人一人の外国人はこの国で定住するかどうかを決めてから日本にやって来るわけではない。こちらがいつか帰る短期の労働者だと高をくくっていても、本人たち自身もそれとは意識しないうちに時間は刻々と過ぎ去っていく。単身の労働者は母になり、父になり、人生の渦に巻き込まれていく。その大きな渦は、社会を簡単に設計できる、人の移動を簡単にコントロールできる、そう考える人々の思い込みをいとも簡単に吹き飛ばすだろう。

移民は人間だ。言葉を話して、学んで、働く。どこに住むか、誰と暮らすか。一人一人が違っていて、一人一人が悩んでいる。いじめられれば苦しいし、できれば家族と一緒に暮らしたい。毎日毎日、目の前の問題に取りあえずの答えを出しながら、それでも一歩ずつ進んでいくしかない。そうして時間だけが1年、また1年と降り積もっていくのだ。そんな人間としての飾らない日々の現実を、何十万、何百万という数字の奥に、私たちはどれくらい感じ取ることができるだろう。

永住者が、失踪者が、労働者がいるわけではない。ただ一人一人の人間がそのときその場所に存在するだけだ。それこそが、移民たちのリアルであり、私たちのリアルでもある。

<2018年12月11日号掲載>



※12月11日号は「移民の歌」特集。日本はさらなる外国人労働者を受け入れるべきか? 受け入れ拡大をめぐって国会が紛糾するなか、日本の移民事情について取材を続け発信してきた望月優大氏がルポを寄稿。永住者、失踪者、労働者――今ここに確かに存在する「移民」たちのリアルを追った。

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