最新記事

地球温暖化が生む危険な「雑種フグ」急増 問われる食の安全管理

2018年12月11日(火)14時48分

12月11日、夜明け前の暗闇に包まれた午前3時10分、天井からの投光に照らされた市場の一角にメリハリのある声が響いた。写真は下関市の研究所で11月12日、雑種フグを調べる水産研究・教育機構水産大学校の高橋洋准教授(2018年 ロイター/Mari Saito)

夜明け前の暗闇に包まれた午前3時10分、天井からの投光に照らされた市場の一角にメリハリのある声が響いた。「えか、えか、えか」。黒い筒状の布袋で手を隠した競り人が進み出ると、周囲の人々がひとりひとり袋の中に手を入れ、値決めのやり取りをする。

「1万3000!」。競り人が落札を宣言した。

冬の味覚、フグ取引の拠点として有名な山口県下関市の南風泊市場で続く「袋競り」の風景だ。まだ人々が着物姿で暮らし、長い雨具の袖で手を隠して競りをしていた昔の慣行が、その起源とも言われる。

高級魚フグをめぐる独特な世界は、袋競りだけではない。数時間で人を殺すほどの毒をもつ魚をいかに安全な食材として提供するか。都道府県知事による調理師免許を持ち、大量の水揚げの隅々まで目を光らせる専門業者や料理人たちも、フグ文化を支える重要な存在だ。

世界最速ペースの温暖化

しかし、フグ毒を知り尽くしているはずの「目利き」たちにとって、いま予想もしなかった事態が広がっている。これまでにない海水温の上昇による雑種フグの繁殖だ。

日本列島をとりまく海域、とりわけ日本海では世界で最も早いペースの温暖化現象が観測されることもあり、その結果、種類不明のフグがひんぱんに網にかかるようになってきた。冷たい水を求めてフグの群れが北方に向かうようになり、従来ではあまりなかった交雑が広がっているからだ。

雑種フグが従来種に比べて高い毒性を持つわけではない。しかし、フグは種類によって毒の危険部位が異なるため、それに応じた処理が必要だ。

雑種の場合、親魚の種類が見極めにくく、危険部位がわかりにくいこともある。毒性を除去しきれなければ、食用のリスクが高まる懸念もあるため、政府は種類不明のフグの販売と流通を禁止。この結果、フグ漁師や卸業者は大量の水揚げを廃棄せざるを得ない状況に追い込まれている。

下関市の水産加工会社、蟹屋の伊東尚登社長は、こうした見方に異を唱える一人だ。同社長によると、雑種であっても、きちんと判別され、調理が万全なら安全に食べることができる、という。

「とはいえ、絶対ルールは守らんといけん」。同社長は政府の措置に従う重要性を強調する。「もし何か問題があったら、大変なことになる」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:ワーナー買収合戦、トランプ一族の利益相反

ワールド

米国と新安全保障戦略で決裂する必要ない=独情報機関

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ビジネス

ECB、イタリアの金準備巡る予算修正案を批判 中銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 10
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中