最新記事

映画

今度の敵はメディア──マイケル・ムーア『華氏119』の説得力

2018年11月2日(金)17時50分
小暮聡子(本誌記者)

一縷の光は「若年層」

ムーアが描く現在のアメリカは、民主主義が腐敗し、銃乱射事件が後を絶たない後進国のようだ。だが、作品の終盤でナチスドイツを引き合いに出し、トランプをヒトラーになぞらえることまでしつつも、全体を通しては一縷の光も見出している。

それは例えば、今年2月にフロリダ州の高校で17人の命を奪う銃乱射事件が起きたあと、ソーシャルメディアを通じて全米に銃規制のムーブメントを起こした高校生たちであり、中間選挙に向けたニューヨーク州の民主党予備選でサンダースのような公約を掲げて党候補の座を勝ち取った無名候補、ヒスパニック系のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(28)だ。

この作品でムーアが投票を促そうとしているのは、おそらく既存の民主党でもトランプの共和党でもなく、サンダースに代表されるような「第三極」に熱狂する人々なのだろう。

16年にトランプが勝ちつつも、今年に入って銃規制ムーブメントが起きたフロリダでは既に地殻変動が起きているのかもしれない。中間選挙と同日に州知事選が行われる同州ではサンダースら民主社会主義グループの支援を受ける革新候補、アンドリュー・ギラム(民主党)がトランプ系の共和党候補に12ポイント差をつけてリードしているとの調査もある。しかし前回の大統領選同様、実際にどれくらいの人が投票し、誰が勝つかは最後まで分からない。

さらに、ムーアが今回の作品で焦点を当てた高校生たちは、2年後の大統領選で投票権を持つ年齢層だ(アメリカで、投票権は18歳から)。2年前の大統領選で若者の間で「サンダース旋風」が巻き起こったように、2年後を見越して若年層の政治意識に火をつけたいのだろう。

伝統的に若年層の投票率は低く、ニュース解説メディア Vox によれば中間選挙の過去最高は86年の21%だったが、18歳~29歳を対象にした今週発表のハーバード大学による世論調査では40%が今年の中間選挙で「必ず投票する」と答えている(実際の投票率はこれより低く出るのが常で、14年の中間選挙では26%が「必ず投票する」と答え、実際の投票率は16%だった)。

ハーバード大の調査で、この年齢層の若者たちのうち「実際に投票しそうな人」に絞った質問では、(サンダースに代表される)「民主社会主義」を支持すると答えた人は53%と、「資本主義(48%)」よりも多かった。

もちろん、メッセージ性に溢れたこの作品に対して評価は分かれるだろう。保守寄りと言われるウォールストリート・ジャーナル紙は本作のレビュー記事で、「ジャーナリストではない」ムーアは、「映画の素材のほぼすべてを別の情報源から持ち出してきて、自分の『敵』をできる限り滑稽に見えるように編集した」と書いた。「彼の生きがいはセルフプロモーション(自己宣伝)であり、ドナルド・トランプの左派バージョンとさえ言えるかもしれない」と。

とはいえ、ムーアが「切り取って」見せた数々の断片(主要メディアの失態を含めて)が、アメリカの一部であることは事実だ。11月6日の中間選挙まであと数日。本作は選挙前の予習にも、選挙結果を読み解く復習にも使える、タイムリーな教材の1つになるはずだ。

[原題]:FAHRENHEIT 11/9
[監督・脚本]:マイケル・ムーア(『ボウリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』)
[出演]第45代 アメリカ合衆国大統領 ドナルド・トランプ ほか
[配給]ギャガ
【オフィシャルサイト】https://gaga.ne.jp/kashi119/
2018年11月2日(金)TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪就業者数、8月は5400人減に反転 失業率4.2

ビジネス

イーライリリー経口肥満症薬、ノボ競合薬との比較試験

ワールド

トランプ氏、反ファシスト運動「アンティファ」をテロ

ビジネス

機械受注7月は4.6%減、2カ月ぶりマイナス 基調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中