最新記事

アメリカ政治

メキシコ国境で足止めされる移民の叫びを聞け

Gimme Shelter

2018年7月31日(火)19時00分
モリー・オトゥール

一方でトランプ政権は合法・非合法を問わず移民の受け入れを制限しようとしており、亡命制度の「乱用」を終わらせると主張している。昨年10月には司法長官のジェフ・セッションズが「ダーティーな移民弁護士たち」が依頼人に「嘘の亡命申請」をそそのかしていると非難した(実際に弁護士をつけている亡命申請者は少ない)。

原則として合法的に入国した上で行われる亡命の申し立てに対する審査も厳しくなっている。昨年の亡命許可件数は、オバマ政権時代の一昨年に比べて2割ほど少なかった。また司法省は今年6月に発表したガイドラインで、家庭内暴力と犯罪組織からの脅威を理由とする亡命は認めないとした。

違法性を指摘する声も

トランプが移民を嫌っているのは明らかだ。議員たちとの会談の席で、なぜアメリカが「ノルウェーのような国」ではなくアフリカの「肥だめのような」国々や「全員がエイズに感染している」ハイチなどからの移民を受け入れなければならないのかと発言したのは有名な話。この6月にも「アメリカは移民のキャンプにも難民収容施設にもならない」と語っている。

移民支援の法律家やオバマ政権時代の政府職員の目に、トランプ政権の対応は違法なものと映る。法律上、帰国した場合に人種や宗教、政治的信条などを理由に迫害される恐れが「十分な根拠に基づく」ものであればアメリカへの亡命を求めることができるが、その手続きは入国後または国境の入国管理所で行うことになっている。

全米移民弁護士協会のリンゼイ・ハリスに言わせれば、入国管理所に「空きがない」ことを理由に亡命希望者を門前払いするやり方は、1951年の難民条約にも1980年の米難民法にも違反している。

伝えられるところでは、トランプ政権はさらなる規制強化も検討している。母国とアメリカ以外の国に2週間以上滞在しながらその間に亡命を申請していない者や、アメリカを目指す途中で複数の国を経由した者にはアメリカへの亡命を認めないという方針だ。また亡命申請の「法的根拠」を示せない場合も却下されるという。

かつて国土安全保障省の法務担当だったスティーブ・レゴンスキーに言わせれば、そんな条件を付けられたら実質的に誰もアメリカに亡命できなくなる。

このままでは、アメリカ同様に移民への対応に苦慮しているメキシコとの対立は避けられない。先の選挙で勝利し12月に大統領就任予定のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールはトランプの移民排斥に徹底抗戦する構えで、米国内の「メキシコからの移民」の権利擁護にも尽力するとしている。一方で治安担当者は、国内を通過する「移民の抑制に軍や警察を使うことはない」と明言している。

だから移民はティフアナに滞留する。ナイジェリアから来たスティーブは今日も教会の食堂でシチューをすすっていた。亡命申請者は強制送還だという噂がある以上、国境には近づけない。ティフアナの町で洗車の仕事をしながらスペイン語を覚え、ひたすら待つ。「やっぱりアメリカへ行きたい」からだ。「人間らしい暮らしがしたい。ただそれだけなんだ」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

[2018年7月31日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英軍個人情報に不正アクセス、スナク氏「悪意ある人物

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「ハイヒールが効率的な歩行に役立つ」という最新研究

  • 8

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 9

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中