最新記事

北朝鮮

「金与正なんか知らない...」金正恩の妹に北朝鮮国民が冷たい視線

2018年3月22日(木)13時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

2月の訪韓で文在寅大統領と握手する金与正(写真左) KCNA-REUTERS

<金正恩の実母や兄妹については北朝鮮国内で詳細が明らかにされていないため、国民の多くは金与正が誰なのか知らない>

北朝鮮の金正恩党委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏。平昌オリンピックの開会式に出席するため北朝鮮代表団の一人として訪韓し、外交舞台にデビューした。この一連の動向については、北朝鮮の国営メディアも報じている。

しかし、北朝鮮国内では、彼女の名前と顔は知っていても、正体について知る人はごくわずかだと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

隠された「出生の秘密」

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、金与正氏が金正恩氏の妹であることを知る人は、高級幹部や外国に行く機会の多い貿易関係者に限られ、一般の人々は「中央の幹部のひとりだろう」ぐらいに思っているという。

「国内では、金正恩氏の実母が高ヨンヒ氏であることや、金正恩氏が金正日総書記の三男であることは詳らかにされていない」(情報筋)

北朝鮮は、金日成主席、金正日総書記、金正淑(キム・ジョンスク)女史など、金氏ファミリーを神格化し、国民に対して徹底的な教育を行ってきた。ところが、金正恩氏の実母や兄妹については全く触れていない。海外経由で情報を掴んでいる人はいるが、彼らもディテールは知らないのだと情報筋は説明する。

もっとも、北朝鮮で、韓国や米国のラジオに耳を傾ける人は、全体の9%とも40%とも言われているということを考えると、実はかなりの人が知っている可能性もある。

だが、金正恩氏やその家族について、「言及するだけでも反逆罪に問われる」(情報筋)ため、知っていてもそう簡単に口外できないのだ。噂話ひとつで収容所送りにされたり、銃殺されたりされかねないということだ。

参考記事:機関銃でズタズタに...金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇

例えば、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋は、中国に派遣されて帰ってきた女性から「南朝鮮で行われた平昌オリンピックの開会式に、代表として金与正同志が行ってきた」という話を聞かされ、「金与正同志とは誰か」と聞き返したという。

「元帥様(金正恩氏)の妹だ。知らなかったのか」と言われた情報筋は「金与正が誰か教えてもらったことはないのに、知るわけないし、知ったところでどうするのか」と反問したという。自分の身を守るため、興味がないふりをしたのだ。

金正恩氏の生い立ちについて知っている高級幹部も、公の場では絶対に話そうとしないという。

「白頭血統とか言われている金正恩氏の実母『平壌オモニム(お母様)』が、実は在日朝鮮人で、その父親は植民地時代に軍需工場の管理人をしていたことは、決して口にしてはならない特級秘密だ」(情報筋)

高ヨンヒ氏は大阪・鶴橋生まれの在日朝鮮人であり、さらに父親の高ギョンテク氏は、第二次世界大戦中に日本陸軍が管理する軍需被服工場で働いていた。外祖父が抗日パルチザンではなく、日本の植民地支配体制の協力者であったということは、金正恩氏にとって極めて都合の悪い事実だ。

さらに、ただでさえ世襲に対する反感が存在するところに、政権に妹まで引き入れたとなると、批判が高まるのは目に見えているからだろう。

「金正恩氏が、金与正氏のことを妹だと明らかにしないのは、三代世襲に対して国民が反感を抱いていることを知っていて、『兄妹がしゃしゃり出ている』という非難を意識したものだ」(情報筋)

金王朝の血統として初めて韓国に派遣され、兄の特使の役割をそつなくこなし好感度を上げた金与正氏だが、北朝鮮国内では意外にも「冷たい視線」にさらされていたのだ。

参考記事:「芸術団虐殺事件」に隠された金正恩夫人の男性スキャンダル


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:気候変動で加速する浸食被害、バングラ住民

ビジネス

アングル:「ハリー・ポッター」を見いだした編集者に

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中