最新記事

戦争の物語

「歴史」とは、「記憶」とは何か(コロンビア大学特別講義・後編)

2018年3月13日(火)17時10分
ニューズウィーク日本版編集部

magSR180313main2-6.jpg

ジャジャ(シンガポール人)「真珠湾攻撃で思い出すのは観光地している記念館。ハワイに行く前に真珠湾について聞いたのはたぶん中学校の歴史の授業だと思うのだが、よく覚えていない」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

【ニック】 ヒロシマ?

【スペンサー】 敗北によって生まれた平和主義?

【グラック教授】 それはヒロシマから生まれたことで、それも1つの筋書きです。ですが、1945年の終戦直後に生まれた単純な筋書きがあったでしょう。国民が、自分たちの指導者のせいで被害者になった、というストーリーです。日本語では「巻き込まれた」と言います。悲劇的な戦争に、巻き込まれたと。国民を被害者とし、責任から解放する物語です。この筋書きは、指導者の数がひと握りだけだったことで成り立ちました。そういう国はたくさんあって、ドイツもその1つです。ドイツにも戦後、ひと握りの加害者と、国民全体が被害者、という構図が生まれました。ほかの国では、国民全体が「抵抗者」になることもありますね。

さて、これらが戦争の物語のもともとの筋書きです。戦争の物語がどう作られたかを理解することは、それぞれの国で共通の記憶が変わってきたこと、もしくは変わらなかったことを理解する上で重要です。次回は、(加害者と被害者がはっきりとしている)白黒物語がどう作られるのか、なぜ国によって異なるのか、そしてなぜその物語が語られ続けているのかについてお話しします。白黒物語の耐久力には驚くべきものがあります。では、今日の内容について質問がある人は?

【ヒョンスー】 白黒物語について、その日本バージョンについてですが、私にはそれが何なのか、靖国神社の隣にある遊就館を訪れるとよく分かります。英雄のような日本が、東南アジアを西欧による支配から解放したと。一方で、日本が被害者になるという構図の中では、英雄というのは誰なのでしょうか。

【グラック教授】 そうなのです。遊就館というのは、靖国神社の境内にある愛国主義的な施設で、数年前に改装されました。伝えているのは軍部の視点や、カミカゼなど犠牲になった英雄たちの視点です。これらは日本で語られる戦争のメインストーリー、つまり被害者としての国民の記憶とは違います。そうなると次の質問は、日本でナショナリズムの高まりが見られる今、こうした物語は以前よりも主要な位置を占めそうか、ということです。日本では、国民は指導者たちの犠牲になった、という1945年生まれの物語が(変わったところもありますが)ずっと戦争の記憶を支配してきました。

共通の記憶は、常にポジティブな方向に変わるわけではありません。これについては最後の回でお話ししますが、ナショナリズムの風が吹き荒れるなか、韓国、日本、中国がどこに向かうか分からないからです。重要なのは、実際には一国の中でさえ1つのストーリーしかない、というのはあり得ないということです。それぞれの経験が、違い過ぎるのですから。唯一の国民の物語、というのはあり得ないのです。

これは遊就館についての質問への答えでもありますが、終戦直後に作られた戦争の物語の何が危ういかというと、それはたった一つの物語しかなかったということです。国民の物語でさえ、国内の全ての人々について伝えるものではなかった。それは、彼らにとってフェアではないでしょう。では、どうすればより複雑で正確な第二次世界大戦についての共通の記憶を持つことができるのでしょうか。国民の物語であり、かつ国境を超える物語。考えなければならないことはたくさんありますね。時間が来てしまいました。最後に皆さんに感謝したいと思います。記憶についての素晴らしい対話を、ありがとうございました。

コロンビア大学特別講義・前編(歴史問題はなぜ解決しないか)はこちら
特別講義・解説(歴史と向き合わずに和解はできるのか)はこちら


 ニューズウィーク日本版2017年12月12日号
「コロンビア大学特別講義 第1回 戦争の物語」
 CCCメディアハウス
 ※本記事はこの特集号からの転載です。


 ニューズウィーク日本版2018年3月20日号
「コロンビア大学特別講義 第2回 戦争の記憶」
 CCCメディアハウス

【お知らせ】
ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮情勢から英国ロイヤルファミリーの話題まで
世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア、340億ドルの対米投資・輸入合意へ 

ビジネス

アングル:国内製造に挑む米企業、価格の壁で早くも挫

ワールド

英サービスPMI、6月改定は52.8 昨年8月以来

ワールド

ユーロ圏サービスPMI、6月改定値は50.5 需要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 10
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中