最新記事

インドネシア

反LGBT気運が強まるインドネシア 外国人含むゲイら58人を逮捕

2017年10月10日(火)10時40分
大塚智彦(PanAsiaNews)

つまり警察組織が宗教警察の役割まで果たそうとしているのが現在のインドネシアの現状とも言える。昨年1月にジャカルタ市内中心部で爆弾テロがあり、中東のテロ組織「イスラム国(ISIS)」の関与がインドネシアで初めて明らかになった。以来、警察、国軍などの治安組織、イスラム教団体などは「インドネシアの国として、インドネシア人としてのアイデンティティー」の再認識に保守的なイスラム教を前面に出して統一と団結を維持しようとしている。

つまり、インドネシアのイスラム教は国是「多様性の中の統一」を維持するために「寛容でありテロ組織とは異なる」ということを内外に印象付けることに国を挙げて躍起となっているのだ。

この「寛容」はあくまでイスラム教徒をはじめとする各宗教間での「寛容」に過ぎず、宗教とは異なる問題であるLGBTの人々に対してはその「寛容」は全く示されていない。

今年5月には「ワイルド・ワン」というゲイパーティーに参加していた141人が今回と同様の容疑で逮捕され、警察官が容疑者を全裸で写真撮影するなどして「人権侵害」が指摘される事件も起きている。今回の逮捕について警察は「逮捕者は服を着たまま、顔も覆面で隠して連行するなど配慮している」とわざわざ強調した。

「空前のLGBT攻撃」との報告書

2016年8月に人権組織「ヒューマン・ライト・ウォッチ」がインドネシアのLGBTの人々の現状をまとめた報告書では「空前のLGBT攻撃が始まっている」と警告している。LGBTの人々への教育現場、職場、地域コミュニティーなどインドネシア社会のあらゆる場所で起きた嫌がらせ、脅迫、暴力が報告されている。

現在のジョコ・ウィドド大統領の政権はこの問題に対する姿勢を明確にはしていない。しかし閣僚からは「LGBTの人々の権利を求める運動は国外勢力が主導するインドネシアへの代理戦争であり、核爆弾より危険とも言える」(リャミザード・リャクード国防相)、「同性愛は染色体の病気であり、治療するべきである」(ルフト・パンジャイタン政治法務治安担当調整相=2016年2月当時)などという発言が出ており、現政権がLGBT問題に積極的に取り組む姿勢であるとは言い難いのが現状である。

こうしたイスラム教組織の意向を「忖度(そんたく)」して社会的弱者やLGBTなどのような少数派の人々に対してある意味で超法規的に対応しているのがインドネシア警察であり、それを黙認しているのが現在の政府ということができるだろう。

前出のヒューマン・ライト・ウォッチは今回の一斉、大量拘束に対して即座に抗議の声をあげており、拘束者全員の早期解放と法的な保護をインドネシア警察に強く求めている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ADP民間雇用、8月は5.4万人増 予想下回る

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー

ワールド

ウクライナ支援の有志国会合開催、安全の保証を協議

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中