最新記事

中国予測はなぜ間違うのか

日本の対中観が現実と乖離する理由──阿南友亮教授インタビュー

2017年10月18日(水)11時51分
深田政彦(本誌記者)

――日本は今では崩壊論のほうが盛んかもしれない。

深刻な矛盾を抱える中国の現状を正確に反映していない台頭論が日本国内で流布した結果として中国脅威論が生まれ、その台頭・脅威論に対するアンチテーゼとして崩壊論が浮上した。崩壊論には2種類ある。1つは中国に対する過剰なまでの対抗心と反発が、中国を全否定する主張に転化しているパターン。もう1つは過度な台頭・脅威論を沈静化させるために、現代中国が抱える諸矛盾と脆弱性をあえて強調するパターンだ。

いずれにしても日本社会、特に言論界が、中国の社会主義神話が虚構であったという教訓をきちんと生かして、共産党の新たな神話、すなわち経済成長神話の中身を冷静に吟味していれば、非現実的な台頭論に対する感情的反発がここまで高まることはなかったのではないか。

――実際に崩壊はあるのか。

そもそも崩壊を論じる前に、現在の中国が近代国家としての要素を十分に兼ね備えていないという点に注目する必要がある。憲法を根幹とする法治主義に基づいて国家が国内民衆の人権を保障し、その民衆が選挙などを通じて国家の運営に参画するという形による近代的な国家と社会の一体化がいまだにほとんどできていない。

特に人口の大半が暮らす農村部では、国家に対する当事者意識が全般的に低い。政治参加よりも自分の最低限の生活が確保できればそれでいいと考える風潮が濃厚だ。政治に対する諦めムードも漂っている。土地改革や経済発展を成し遂げたにもかかわらず、農村の生活水準は依然として非常に低い水準にあり、劇的に改善する見込みはない。もちろん不満はいろいろあるが、共産党は民衆に銃口を向けることもいとわない人民解放軍や武装警察を抱えているため、人々は理不尽な現実でも受け入れるしかない。

大多数の民衆は、北京で盛り上がった民主化要求運動が共産党政権と正面衝突した際(天安門事件)、その事実を把握していなかった。現在でも天安門事件の存在すら知らない中国人は珍しくない。首都での異変が即国家体制の崩壊につながったソ連の例とは大違いだ。

――崩壊リスクはゼロ?

生存の危機に直面した民衆が国家権力に牙をむくという王朝交代劇が2000年間繰り返されてきた。そのサイクルを止めるために、国家が民衆の面倒をきちんと見て、国家と民衆の調和を達成するというのが中華人民共和国の当初の国是だった。ところが共産党は皇帝専制国家時代の貴族や官僚のように、権力を駆使して富を優先的に囲い込むようになり、民衆に対する社会保障、すなわち富の再分配をおざなりにしてきた。

そのような政権にとってリスクが高まるのは、最低限の生活すら保障されない民衆が大量に発生したときだ。中国では今でも台風、洪水、干ばつ、冷害、地震などといった自然災害の被災者が1年で億単位にも達する。経済の先行きがあまり芳しくないなかで、大規模な自然災害や環境破壊が続けば、既に相当深刻な社会不安に一層拍車が掛かることは容易に想像できる。そこに共産党内部での権力闘争の激化という状況が加われば、何が起きてもおかしくない。

――近著『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮選書)では、そうした緊張をはらんだ中国を直視する視点を提供している。

中国国内の緊張が外交の硬直化をもたらし、それが多くの国との関係を不安定化させている。人権問題を含む中国内部の矛盾と緊張が緩和されることなくして、日中関係の安定化は望めない──そうした認識に立脚した対中政策を検討すべき時期に来ている。

※「中国予測はなぜ間違うのか」特集号はこちらからお買い求めいただけます。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、領土交換はウクライナに決めさせる 首脳

ビジネス

中国人民銀行、物価の適度な回復を重要検討事項に

ビジネス

台湾、25年GDP予測を上方修正 ハイテク輸出好調

ワールド

香港GDP、第2四半期は前年比+3.1% 通年予測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化してしまった女性「衝撃の写真」にSNS爆笑「伝説級の事故」
  • 4
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 5
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 6
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 6
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中