最新記事

イラク

「クルド人国家」に立ちはだかる無数の壁

2017年7月11日(火)18時00分
マイケル・ルービン (アメリカン・エンタープライズ研究所レジデント研究員)

■国境画定

バルザニは独立するのはイラク北部のクルド自治区だけだと言いながら、独立の是非を問う住民投票はより広いクルド人居住地域を対象に行うべきだと提案している。

チェコとスロバキアは国境画定で直ちに合意した。バルザニの一方的な政策は、イラクとの国境争いを10年は長引かせるのが必至で、結果的にイラクとクルド人国家は敵対することになるかもしれない。

■市民権

首都バグダッドなどイラクで暮らすクルド人は、クルド人の国家で市民権を持つのか。クルド人国家で暮らすアラブ人は、イラクの市民権を持てるのか。二重国籍は認められるのか。クルド自治区の独立の是非を問う住民投票をきっかけに、イラク政府に仕えるクルド人は公職を追われ、これまでにクルド人がイラクで獲得した影響力や保護を失うことにならいのか。もっと言えば、民族浄化の序章にはならないのか。

■経済

クルド自治区の人々は、自分たちには豊富な石油資源があると信じているが、汚職や縁故主義のため市場は不透明で、すでに一部の石油メジャーが撤退してしまったほど。クルド自治政府は今も公務員の賃金が払えないことがしばしばで、200億ドルに上る債務を抱えている可能性がある。

また英ロンドンの国際仲裁裁判所などは、石油やガスの開発権をめぐる争いで、クルド自治政府に数十億ドルに上る和解金の支払いを命じる判決を言い渡した。

クルド自治政府はイラクの石油収入の17%は自分たちのものだと主張するが、それならイラクの債務の17%も引き受ける用意があるのだろうか。

クルド自治政府が国際市場で債券発行を試みた時は、イラク政府の国債よりはるかに条件が悪かった。しかも石油やガスの産出国トップ20のうち、イラクのクルド自治区のような陸の孤島は例がない。クルド人国家は建設前に沈んでしまうのか。残念ながら、答えはイエスだ。

■軍隊

クルド自治政府の民兵組織「ペシュメルガ」がどんなに称賛されようと、実態はバルザニが常々批判しているシーア派民兵組織と同じだ。ペシュメルガは軍隊というより民兵組織で、内部に権力争いを抱えており、自治政府よりむしろ政界の黒幕に忠実だ。

たとえ石油埋蔵量が豊富でも、軍が国家でなく特定の人物の意向に従えば内戦が起きる。独立した南スーダンの内戦がそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界の石油市場、26年は大幅な供給過剰に IEA予

ワールド

米中間選挙、民主党員の方が投票に意欲的=ロイター/

ビジネス

ユーロ圏9月の鉱工業生産、予想下回る伸び 独伊は堅

ビジネス

ECB、地政学リスク過小評価に警鐘 銀行規制緩和に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中