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中国外交

日中戦争から一帯一路まで「パンダ外交」の呪縛

2017年7月4日(火)10時30分
楊海英(本誌コラムニスト)

出産前の上野動物園のパンダ(シンシン)を撮影する日本メディア Issei Kato-REUTERS

<日中現代史を動かす動物にはいつも中国名が。「平和の使者」に秘められた膨張国家の思惑とは>

日本人は世界一パンダ好きな国民のようだ。6月中旬に東京の上野動物園でメスのジャイアントパンダ「シンシン(真真)」が赤ちゃんを出産。このニュースはテレビ各局でトップニュースとして報じられた。

新聞各紙も「改憲か護憲か」といった社論の対立を超えて、「平和の象徴」パンダの写真を1面に掲載した。新聞の論調の差は中国に対する姿勢の違いとなって表れることもあるが、パンダの誕生に関しては原産国・中国の思惑が見過ごされているように見える。

パンダをめぐる日本メディアの天真爛漫はこれだけにとどまらない。いつもはこわもてな中国外務省の陸慷(ルー・カン)報道局長が日本人記者からパンダ誕生の感想を聞かれ、「いいニュースだ」とリップサービス。そんなほんの一言が日本では翌日の新聞紙面に躍り出た。中国の外交筋や現地の日本人によると、外務省の記者会見のやりとりはほとんどが「やらせ」。質問者もその答えも事前に用意されている。

もし習近平(シー・チンピン)国家主席が「パンダの誕生で日中友好は一層促進される」とでもコメントしたら、その言葉は日本の全新聞のトップを大きく飾るに違いない。今そうなっていないのは、日中間の「根回し」と「忖度」がまだ足りていないからかもしれない。

【参考記事】失敗続きのパンダ繁殖に効果絶大「パンダポルノ」

蒋介石夫人からの贈り物

中国の山奥から世界各地の動物園に移住を強いられる「平和の使者」。四川省と陝西省などに生息するパンダは、極貧にあえぐ地元民による肉や毛皮の密猟にさらされてきた。このかわいい動物を保護してきたのは欧米人であって、「平和を愛する中国」ではない。

欧米の動物愛護精神にいち早く気付き、パンダを外交の道具に仕立て上げたのが中華民国の蒋介石主席・総統夫人だった宋美齢だ。日中戦争中の41年に宋がアメリカにペアを寄贈し、パンダは外交デビューを果たした。以来、アメリカは「パンダの国」の抗日戦争に援助を惜しまなかった。

敗戦で日本が中国から撤退した後、蒋は共産党との内戦に敗れて台湾に逃れた。だが勝者の毛沢東ら共産党員はパンダの外交的役割を忘れなかった。日中戦争に対して「深く反省」と田中角栄首相が72年9月に表明すると、中国の周恩来首相はパンダを「中国人民から日本人民にプレゼントする」と即答。日本人は同年11月から上野動物園に殺到して、「人民中国からの使者」カンカン(康康)とランラン(蘭蘭)に熱中した。

だが既に豊かになっていた日本とは違い、中国では58年からの農村の人民公社化と66年からの文化大革命で人々が満足にご飯を食べられないような状況が続いた。誰もパンダが「日中友好のシンボル」とは知らなかっただろう。

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