最新記事

科学

「男と女のどちらを好きになるか」は育つ環境で決まる?

2017年5月7日(日)16時04分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 デイヴィッド・ライマーの例は、男の脳が女性に興味を抱くのに、社会環境はほとんど影響しないことを示している。しかし、例はこの1件しかない。社会環境の影響を確かめるには、もっと多くの人を対象とした事例が必要だ。地域の少年全員に、同じ性的刺激を与え続けたとしたら、彼らはどうなるだろう? 少年が大人になったとき、そのなかの何パーセントが、その性的刺激を好きになっているだろうか?

 たとえば、地域の思春期の少年全員が、大人になる通過儀礼の一環として、3~4年にわたって週に何回か、年上の10代の少年にフェラチオをさせられる地域があるとしよう。男の脳が男と女のどちらに性的魅力があると判断するかが、社会環境によって決まるのであれば、その地域で多数派を占めるのはホモセクシュアルか、少なくともバイセクシュアルということになる。

 実は、そんな地域が実際にあるのだ。サンビア族の住む地域だ。サンビア族はパプアニューギニアの山岳地帯にいくつか部落を作って、単純農業を営んでいる。彼らのあいだでは、精液は男の性的能力の素(映画の主人公オースティン・パワーズの「モジョ」のようなもの)だと信じられているので、サンビア族の少年たちは、男らしく精力的な大人になるために、大量の精液を飲むことになっている。少年たちは、思春期に入ると、女人禁制の「男の家」に入る。そして彼らに、年上の少年たちが声をかける。「ほら、こうやるんだよ。これって効き目があるんだぜ!」こうして、それまでフェラチオをする側だった少年たちが、今度はされる側に回るのだ。

 では、サンビア族の成人男性に、ホモセクシュアルはどのくらいいるのだろうか? およそ5%だという。この率は、西洋社会のホモセクシュアルの率とほとんど変わらない。サンビア族の男性は、20歳を超えると、ほとんどがサンビア族の女性と結婚するという。彼らの部落で暮らしたことがある人類学者のギルバート・ハートはこう述べている。「彼らにとって、少年時代のことは楽しい思い出になっている。でも、彼らがほんとうの性欲を抱く相手は女性なのだ」

 このふたつの「自然の実験」は、僕たちに何を教えているだろうか? どちらの実験も同じ結論を示している。人が男と女のどちらに性欲を抱くかは、何か本能的なものによって決まる、ということだ。人間性を形成する時期に、社会から特定の性行為に関わるよう促されたとしても、それによって大人になったときの好みが決まるとは限らない。確かに僕たちは、女性の性的欲望についてはまだ調べていない。女性は男性とは違ったしくみになっている可能性がある。男性のその他の性嗜好のなかに、社会環境によって刷り込まれたものがある可能性もある。それでも、男性が男女のどちらを好むかという基本的な嗜好は、社会環境とは無関係のようだ。僕たちが性的欲望を完全に理解するには、僕たちの脳に組み込まれたソフトウエアのしくみを知る必要があるだろう。

【参考記事】ディズニーランドの行列をなくすのは不可能(と統計学者は言う)


『性欲の科学――
 なぜ男は「素人」に興奮し、女は「男同士」に萌えるのか』
 オギ・オーガス、サイ・ガダム 著
 坂東智子 訳
 CCCメディアハウス


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!

毎日配信のHTMLメールとしてリニューアルしました。

リニューアル記念として、メルマガ限定のオリジナル記事を毎日平日アップ(~5/19)

ご登録(無料)はこちらから=>>


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:政策パスで日銀「布石」の思惑、タカ派利上

ビジネス

ドイツ景気回復、来年も抑制 国際貿易が低迷=IW研

ビジネス

イケア、米国内の工場から調達拡大へ 関税で輸入コス

ビジネス

金融政策で金利差縮めていってもらいたい=円安巡り小
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 8
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 9
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中