最新記事

工業デザイン

シリコンバレーに「デザイン」はなかった

2017年3月10日(金)18時37分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

その後、クレメントは同社製品のカバーやアクセサリー部品(ツマミなど)のデザインを手がけるようになる。使いやすさ、軽さ、運びやすさなどを取り入れた彼のデザインは、従来製品との違いは一目瞭然で、これがデザイン改革の最初の一歩となった。

しかし当時のテクノロジー企業では、デザイナーとエンジニアとの間には大きな"格差"があり、「高度な専門教育を受け、高い地位にあり、高給取りでもある」エンジニアから、デザインへの信頼を獲得するのは困難だったという。エンジニアにとってデザインは「不必要な存在」だったのだ。

1972年に発売された世界初のポケットに入る関数電卓「HP-35」など、デザインが貢献した例はあるが、60~70年代のシリコンバレーにおける半導体産業の劇的な成長と発展に比べれば、ほんの小さな成功と捉えられても仕方がない。

著者もこう言っている――「少数の工業デザイナーたちの功績はシリコンバレーの歴史においては、脚注の中にあるさらなる細かな記述程度の存在でしかなかった」。

ジョブズが変えたデザインの地位

本書は、シリコンバレーにおけるデザインの発展について、主にデザイナーたちの視点で描かれている。巻末の「謝辞」に挙げられた名前の数(4ページ超!)と、細かな発言ひとつひとつの出典まで記された「注釈」を見れば、いかに多くの取材を重ね、長い時間をかけて書かれたものであるかが、よくわかる。

著者はこの本のテーマのひとつとして、「デザイナーたちの立場の劇的な変化」を挙げている。かつてエンジニアたちから「必要悪」と思われていたデザインは、いまや経営戦略に欠かせない重要な要素のひとつとなり、トップデザイナーは世界経済フォーラム(ダボス会議)で各国首脳と並んで座るまでになった。

そして、1980年代の初めには世界のデザインの中心地といえばミラノかロンドンかニューヨークだったが、現在では、世界中のどの地域よりも多くのデザイナーがシリコンバレーとその周辺で活躍している。あらゆるデザインの新分野が、シリコンバレーに起源をもつようになっているのだ。

【参考記事】シリコンバレーのリクルートAI研究所はチャットボットを開発していた

こうした変化に大きく貢献したのが、アップルのスティーブ・ジョブズだ。著者はジョブズについて、「シリコンバレーの歴史において、まさにターニング・ポイントとなる存在だ」と述べている。

実はジョブズは、戦略的にデザインを考えていたわけではないという。ジョブズが執着していたのは一体型家電製品としてのコンピュータというコンセプトであり、デザインは、それを達成するための必然的な手段だった。そして、それを実現したのは工業デザイナーだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 9
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中