最新記事

米中関係

トランプ時代の米中対立、中国の報復シナリオを予想する

2016年12月16日(金)11時05分

 12月13日、米国のドナルド・トランプ次期大統領が中国を怒らせている。台湾の蔡英文総統と電話会談を行い、米国が長く維持してきた「一つの中国」原則と言う立場を必ずしも堅持する必要はない、と発言したためだ。写真は2011年、北京のホテルに掲げられた米国と中国の国旗(2016年 ロイター/Jason Lee)

米国のドナルド・トランプ次期大統領が中国を怒らせている。台湾の蔡英文総統と電話会談を行い、米国が長く維持してきた「一つの中国」原則と言う立場を必ずしも堅持する必要はない、と発言したためだ。

台湾問題は、米中関係における最も難しい要素であると言える。中国は台湾を反乱地域と見なしており、これを支配下に置くための武力行使を放棄したことはない。

トランプ氏が台湾問題をめぐって強硬姿勢を維持する場合、米国に対する中国の報復措置として、想定されるシナリオは以下の通り。

●米国との断交

トランプ氏が台湾に対し、何らかの公式な外交的承認を提示するならば、中国は大きな混乱を招く過激な行動ではあるが、米国との外交関係を絶つ可能性が高い。中国は、台湾と国交を維持する国に対して外交関係を持つことを拒否している。米国との断交は、中国政府による最終手段となる可能性が高い。

●台湾近辺での軍事的挑発

中国は、台湾近辺で軍事的挑発を行うことで、台湾支配に向けた決意を示す可能性がある。たとえば、人口密度の高い台湾西岸に近い水域にミサイルを発射することによって海路や空路を実質的に封鎖するなどの手段に訴える可能性があり、これは地域を不安定化する動きとなる。中国の国営メディアは、台湾問題を断固として解決するためには、いまや軍事的手段が必要となるかもしれないとさえ示唆している。

●南シナ海における対決姿勢

中国は領有権争いが生じている南シナ海において、「航行の自由」作戦の下で米国が行った哨戒活動に怒りを示してきた。中国は南シナ海で占拠した島嶼(とうしょ)や岩礁で埋め立て工事を行い、飛行場その他の施設を建設している。

これまで中国は、哨戒活動を行う米艦を追尾し、言葉による警告を発するという形で対応してきた。だが、米国による今後の哨戒活動に対しては、より強硬な手段をとる可能性がある。2001年には、米軍の偵察機が南シナ海で中国側戦闘機と接触した後、中国領内に強制着陸させられた例がある。

ただし、中国は自国の通商路を確保しておくために南シナ海の平和を必要としており、軍事衝突を起こすことには消極的だろう。

●台湾向け武器輸出に関与する米国企業への制裁

2010年、中国はオバマ米政権による台湾への新たな武器輸出に怒りを示し、関与した米国企業への制裁措置をほのめかした。最終的にはこの制裁は実施されなかった。

●保有する米国債の大量売却

中国は米国にとって最大の債権国であり、9月時点で1兆1600億ドル(約137兆円)相当の米国債を保有している。

中国が保有する米国債のかなりの部分を急に売却すると決定すれば、米債券市場に深刻な打撃を与え、米国は資金を求めて慌てることになる。ただ、中国による報復的な米国債の大量売却は、精密な照準爆撃とはなり得ない。グローバル市場を混乱させ、ひいては中国自身にもその衝撃が及ぶ可能性が高い。したがって一部のアナリストは、こうした動きは、戦争に次ぐ最悪のシナリオと認識している。

●北朝鮮への圧力緩和

米国は、核武装を進める北朝鮮に対して、中国に「厳しい対応」を繰り返し求めている。中国は北朝鮮にとって経済や外交面における最大の支援者ではあるが、中国自身も北朝鮮の核実験・ミサイル発射実験については強い怒りを示している。

中国が米国への不快感を表現するために北朝鮮に対する国連制裁を緩和する可能性はあるが、それは逆効果を招き、結局のところ、北朝鮮政府とそのミサイル・核開発計画を後押ししてしまう可能性がある。これは中国政府が望まない結果だ。

●米企業に対する圧力

国営メディアや消費者団体を通じて、あるいは単に国民感情を煽ることによって、米企業に打撃を与えるという間接的な手段もある。

南シナ海における領有権紛争に関して今年、国際司法の場で中国が敗れた後、アップルやケンタッキーフライドチキンの親会社ヤム・ブランズなど複数の米国ブランドが、短期間ではあるが反米的な抗議行動やボイコットの標的となった。

米企業に対し関税を引き上げる可能性や、航空機などの製品について、米国以外の競合他社へ乗り換える動きが露骨に進められることも考えられる。

また中国は、国内で活動する米企業に対して官僚主義的な障害を設けるかもしれない。在中の米大手消費財メーカー幹部は、米企業に対する何らかの報復があるとすれば、声高で攻撃的な対応よりも、地元当局による認可プロセス停滞や書類処理の遅れなどが発生する可能性が高いとロイターに語った。

●農産物調達先の乗り換え

銅からトウモロコシ、原油に至るまで、中国は世界随一のコモディティ消費国である。したがって中国は、農産物調達先の乗り換えを模索することで米国に打撃を与えることができる。トウモロコシから大豆に至るまで、米国産農産物の中国輸出量は、2015年に過去最高の4790万トンに達した。

●市場アクセス推進の停止

トランプ氏が「1つの中国」原則を捨てれば、ほぼ確実に2国間投資協定をめぐる協議に差し障りが出る。そもそもトランプ氏はこの種の協定に乗り気ではないかもしれないが、2国間投資協定による市場アクセスの拡大は、中国に対して米ビジネス界が望む最優先項目である。

以前からずっと、米中の2国間投資協定が中国に対する投資自由化の先駆けになると考えられていた。その協議が停滞すれば、中国は欧州との投資協定に関する協議を推進する可能性もある。

●サイバー問題に関する合意への障害

トランプ氏が「1つの中国」政策を維持しなければ、2015年に中国の習近平主席とオバマ大統領が合意したサイバーセキュリティに関する誓約を中国が反故にする可能性がある。政府顧問やセキュリティ専門家は、この誓約によって中国主導のサイバースパイ行為が減少したと評価している。

(Ben Blanchard記者、Michael Martina記者、John Ruwitch記者、 Jo Mason記者、Adam Jourdan記者、翻訳:エァクレーレン)



[13日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国CPI、8月は異常気象で伸び加速 PPIは下落

ビジネス

スペースX、2年後に火星へ初の無人宇宙船打ち上げ=

ビジネス

豪ウエストパック銀、新CEOにミラー氏 富裕層部門

ワールド

米とイラク、連合軍撤退計画で合意 26年末にかけ2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 3
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 4
    メーガン妃が自身の国際的影響力について語る...「単…
  • 5
    ロシア国内の「黒海艦隊」基地を、ウクライナ「水上…
  • 6
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 9
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 10
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つ…
  • 5
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 8
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 9
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 10
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中