最新記事

アジア

不安定化する東南アジアと朝鮮半島、中国の朝貢体制が復活する?

2016年11月26日(土)11時00分
河東哲夫(本誌コラムニスト)

REUTERS

<ASEANと韓国の混乱に付け込む中国の存在感。トランプ米政権への移行でほころびる世界で日本が直面する「近代への跳躍」>(写真:フィリピンのドゥテルテ大統領は米中間の綱渡り外交を展開)

 いま世界は、ドナルド・トランプの米大統領選勝利で大揺れだが、それ以前から世界では縫い目がほつれ、切れ地が思い思いに漂流を始めた感がする。ほつれは次第にアジアにも広がって、日本の近隣国までが揺れに揺れている。

 ほころびの原因はさまざまだ。イラク戦争と金融危機の後、アメリカが外国への関与を控えてきたこと、その中で中国の強腰が異常に目立ったことが大きい。さらには、世界各地で工業化以前の農村社会から近代工業社会への跳躍に失敗しているという、もっと深い問題がある。

 東南アジアがその典型だ。ここは日本が戦後、撤退した中国に代わる市場や投資先として重視してきた。日本はASEAN(東南アジア諸国連合)の声を一つにまとめることで中国を牽制し、アメリカの関与を引き出してきた。

【参考記事】「トランプ大統領」を喜ぶ中国政府に落とし穴が

 そのASEANが液状化しつつある。例えばタイ。この30年ほど前からの高度成長を経てタイの政治は民主化してしかるべきなのに、軍事クーデターが絶えない。王室を筆頭に既得権益層が利権を抱え込み、貧困層が支持するタクシン元首相一派の政権掌握に抵抗している。工業化で富が増えれば、政争は死ぬか生きるかの切実性を失い、選挙で与野党が交代する民主主義が実現するはずが、タイではその理屈が通用していないのだ。

 マレーシアも経済発展を遂げたというのに、ナジブ政権までが汚職や情報隠蔽体質を指摘され、民主主義からは遠い。フィリピンは超法規的に治安を強化し、米中両国の間で綱渡り外交を続ける。近年は経済発展が目覚ましいが、農村での地主・小作の主従関係は解消していない。

いまだ農村国家の韓国

 このようななかで、中国はカンボジア、ラオスと東南アジア諸国を個別に丸め込み、地歩を固めている。先月、フィリピンのドゥテルテ大統領は訪中し、南シナ海問題を棚上げして経済協力を引き出した。ベトナムも中国海軍艦船のカムラン湾寄港を許可。マレーシアのナジブ首相も訪中し、経済・軍事協力強化を打ち出している。

 近代への跳躍に挫折したのは、韓国も同じだ。政党は離合集散が激しく、民主主義の受け皿となっていない。政治は大統領個人の人気に基づいたポピュリズムに大きく依存する。世論は法律よりも儒教や農村社会に由来する恥とか謝罪といった近代以前の価値観に動かされている。一度罪を犯せば村八分。子孫末代まで生活の基盤を奪われる。

 外交は主権国家同士の平等関係ではなく、「どちらが中国の恩寵を受けているか」という朝貢体制、「どちらが大きく強いか」という事大主義に基づく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中