ノーベル平和賞以上の価値があるコンゴ人のデニ・ムクウェゲ医師 ―性的テロリズムの影響力とコンゴ東部の実態―

2016年10月18日(火)17時10分
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)

 その性的テロリズムは、あらゆる方法で家族やコミュニティーを破壊する力を有する。その方法とは、例えば、夫や子どもたちの前で犯される集団レイプから、女性の性器にさまざまなモノが挿入されるものなど。ある女性は7人の武装勢力要員にレイプされた際に、7人目の男性がその女性の性器に銃をねじこみ発砲した。そのため彼女の性器全体が木端微塵にちぎれ、細かい肉の断片になってしまった。またある時は、熱で溶かしたゴムなどが性器に流し込まれたり、また化学物質を使って性器に大きな穴が開けられ、直陽と性器(膣)、あるいは尿道と性器(膣)がつながって失禁状態を引き起こすケースもある。12カ月の赤ん坊はレイプされた上に、性器だけでなく腹部に至るまで完全に引き裂かれた。

 このような残虐な方法は主に鉱山地域付近の住民に対して使われているが、それはその住民を強制的に追放・移動させて、最終的に国軍や武装グループが鉱山を支配するためである。

 鉱山地域の住民が邪魔であれば、性的テロリズムという方法ではなく、いっそ殺戮した方が簡単ではないかと疑問を抱く人もいるだろう。しかし、ムクウェゲ医師は、加害者にとって性的テロリズムは利点が2点あると言う。

 第1に、時おり例外もあるが、性的テロリズムはその証拠を残すことができず、また他人に見せることができないという点だ。例えば、1000人の市民が殺戮されると、世界中のメディアが現場に飛んで撮影し、その証拠となる死体の場所を尋ねるだろう。後述のように、国連によると、1990年代後半にルワンダ軍とコンゴの反政府勢力が「ジェノサイド」と特徴づけられる罪を犯したために、特にルワンダ政府は批判を浴びた。そのため、そのような目立った方法は使われなくなっている。その代わり、不可視化された、かつより有害な大量殺戮の方法である性的テロリズムが使われているという。もし1000人の女性がレイプされたら、その中の10%しか勇気を持って自分の身に起こった事を話さないだろうが、その際に証拠を安易に見せることはできない。それは、被害を受けた身体の部分が女性としては他人に見せにくい部分であるためだ。

 第2に、性的テロリズムの残虐さを見せつけられたコミュニティーの住民が、抵抗する気力を失って従順になり、鉱山労働に依存せざるを得なくなる点だ。サバイバーの多くは、「自分はもう人間ではなくなった」と言う。彼女らは生かされてはいるが、実際には自分の人生に価値があると感じられなくなり、生きたいという気持ちを失う。コンゴ東部にはサバイバーは大勢いるため、そのような意気阻喪の感情はその家族や村・コミュニティーの住民にも拡散し、したがってコミュニティー全体が弱体化する。村の生計を支える農作業においては女性の働きが重要であるが、直腸まで達するような傷を受けると働けなくなるため、栄養失調になったり、世界食糧計画(WFP)の食糧援助に依存しなければならない住民も増えているという。コンゴ東部が穀倉地帯であるのにもかかわらずだ。農業生産が減少するため、村が経済的な損失を受けて、ますます男性による鉱山労働に依存せざるを得なくなる。これは、加害者、つまり国軍や武装勢力にとって非常に都合がよい。なぜなら、鉱山での労働環境は大変苛酷であるために、従順な奴隷労働者を要しているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアに制裁科す用意、欧州の措置強化が条件=トラン

ワールド

米中、スペインでの協議初日終了 貿易やTikTok

ビジネス

アングル:中国EV技術、海外メーカーの導入相次ぐ 

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    悪夢の光景、よりによって...眠る赤ちゃんの体を這う…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中