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病院が患者を殺す 米国で広がるMRSAの脅威

2016年10月1日(土)22時09分


生かされない教訓

 たとえカルテに残っていても、薬剤耐性菌感染による何万人もの死者(また、発症するが死亡には至らない感染例はさらに多い)は集計されていない。連邦・州の機関が、そうしたデータをきちんと追跡していないからだ。全米規模で公衆衛生を監視する主役的立場の疾病対策センター(CDC)にせよ、各州の保健当局にせよ、厳しい調査を義務づけるための政治的・法的・財政的な手段を持っていない。

 HIV/エイズとの闘いで米国が学んだように、危険な感染症を撃退するためには、感染および感染による死亡がいつどこで発生し、どのような人が最も高リスクなのかを示す正確なデータが必要である。データを集めることによって、公衆衛生当局は、必要なところに資金と人材を迅速に配分することができる。だが米国は、薬剤耐性菌感染を追跡するために必要な、基本的な措置をとっていない。

「ある病気でどれだけ多くの人が亡くなっているのか、まず知る必要がある」と語るのは、ワシントンに本拠を置く疾病動態経済政策センター(CDDEP)のセンター長、ラマナン・ラクスミナラヤン氏。「よかれ悪しかれ、その数字がどれだけ深刻かという指標となる」

 薬剤耐性菌感染については、CDCでさえ問題の程度を把握していない。CDCの試算では、17種類の薬剤耐性菌感染により毎年約2万3000人が死亡している。これに加えて、抗生物質の長期利用に関連する病原菌クロストリジウム・ディフィシルにより、1万5000人が死亡している。

 これらの数字はニュース報道や学術論文のなかでよく言及されているが、あくまでも推計にすぎない。ロイターがCDCの試算手法を分析したところ、この試算値は、薬剤耐性菌感染による死亡に関する実際の報告にはほとんど基づいていないことが分かった。

 抗生物質耐性に関する調整・戦略を担当するCDCの上級顧問であるマイケル・クレイグ氏によれば、CDCは連邦議会とメディアから「大きな数字」を出すようプレッシャーを受け、「専門的な方法を採らず、印象派の絵のようなやり方」でお茶を濁したという。

 ロイターへの電子メールのなかで、CDCの担当者は2013年の試算報告について、「限界はあったものの、脅威の深刻さについて深く憂慮していたため」発表したと書いている。CDCは試算値をより正確なものに改善する取り組みを続けているという。

大幅な過少報告

 データを追跡しているという州も、大抵はいくつかのタイプの薬剤耐性菌感染について把握しているだけで、一貫性は見られない。今回の調査では、2003年から2014年にかけて、合計で約3300件の死亡例が報告されていた。

 これは実際の犠牲者数のごく一部にすぎない。ロイターが死亡証明書を分析したところ、同じ時期、直接・間接の死因として薬剤耐性菌感染が挙げられている例は、全米で18万件を超える。ロイターはこの分析を行うにあたって、CDCの下部組織である国立衛生統計センター(NCHS)の協力を得て、死亡証明書のテキスト記述部分を検索し、薬剤耐性菌関連の死亡例を特定した。

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