最新記事

核兵器

差し迫る核誤爆の脅威

2016年8月15日(月)16時35分
ジェフ・スタイン

Toru Hanai-REUTERS

<トランプが核のボタンをもつよりひょっとしたら怖い話。新作ドキュメンタリー映画『コマンド・アンド・コントロール』によれば、米エネルギー省の機密資料から発掘した「核兵器運用上の事故」は千件以上。核弾頭を飛行機から落としたり、地上で失くしたり、爆風で30メートルも飛ばしたり......。今まで大惨事に至らなかったのが奇跡というべきだが、米国防総省は「核の安全神話」の上にあぐらをかいている> (写真は長崎原爆資料館にある長崎型原子爆弾ファットマンのレプリカ)

 核兵器によるホロコーストなど、普通なら考えたくもない話だ。だが、日本と韓国の核武装を認め、ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)を標的にした核兵器の使用も辞さないというドナルド・トランプのような危険人物がアメリカの大統領候補では、どうしても最悪の事態が頭に浮かぶ。

【参考記事】核の脅威を止める21世紀の抑止力

 だが、常軌を逸した核使用発言が注目される半面、核兵器がもたらすもっと差し迫った危険は見落とされがちだ。核弾頭を誤って起爆してしまう危険が、核攻撃より身近な脅威になっているというのだ。

 アメリカの食品産業の裏側を描いたドキュメンタリー映画『フード・インク』で一躍有名になったロバート・ケナー監督の最新作『コマンド・アンド・コントロール』は、アメリカが保有する数千発に及ぶ核兵器が、単純ミスで核爆発につながる脅威を描く。ジャーナリストのエリック・シュローサ―が執筆した同名のベストセラーが原作で、米公共放送局PBSと共同制作した。9月からニューヨークやロサンゼルスなど一部の都市で公開予定だ。

【参考記事】パックンが広島で考えたこと

 作品が訴えるのは、核兵器の取り扱いをめぐって、恐ろしいほど多くの事故が過去に起きてきた事実。近年明らかになった米エネルギー省の機密資料をもとに「核兵器の運用に関して千件以上の事故」があったことを突き止めた。冷戦中、米軍が輸送中の核弾頭8発を「なくし」、うち1発はノースカロライナ州に落下したままいまだに見つかっていない、という事故もその1つ。

 そうした事故がいまだ大惨事に至っていない理由について、シュローサ―は「まったくの幸運だが、運はいずれ尽きる」と語る。「パソコンや車と同様、核兵器も所詮は機械。機械はいつか必ず不具合が生じる」

【参考記事】【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

 核の脅威を訴える映画や書籍は多い。だが、核兵器運用上の事故が原因で多くの命が奪われるというシナリオは、これまで映画化されてこなかった。本作を指揮した監督のケナーは派手な核戦争ではなく、実際にアーカンソー州で起きた事故を掘り下げることで地方の映画館の客席が埋まるほどドラマチックなドキュメンタリーに仕立て上げたことだ。

「この緊迫感あふれる映画をきっかけに、戦略核の維持と引き換えにアメリカが背負う代償やリスクは何なのか、国全体で議論が本格化するはずだ」と核安全保障に詳しい米ジョージ・ワシントン大学のジャン・ノラン教授は言う。

身震いするほど恐ろしかった

 1980年9月18日の夜、メキシコ州のサンディア国立研究所で核兵器の研究に携わっていた科学者のロバート・ピュリフォイは、一本の電話に耳を疑った。アーカンソー州ダマスカス郊外のミサイル発射基地で、大陸間弾道ミサイル「タイタンⅡ」の保守点検作業をしていた若い作業員が、誤って重さ3キロほどの工具を数メートルの高さから落とした。それでミサイルの燃料タンクの表面に穴が開いたというのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中