最新記事

インド

結婚の約束を破る男は犯罪者?

有名女優の自殺と元恋人の逮捕で明らかになった若者たちを苦しめるインド社会の変化と古い慣習

2013年7月19日(金)11時26分
ジェイソン・オーバードーフ

神聖な結婚式 経済的に豊かになっても伝統的な考え方は簡単に変わらない Krishnendu Halder-Reuters

 恋人を泣かせて捨てたら、それだけで犯罪行為になるのか。インドではどうやらそうらしい。

 ロンドン育ちのボリウッド女優ジア・カーン(25)が自宅で首をつって自殺したのは6月3日のこと。するとその翌日、交際相手だった男性が「自殺教唆」の疑いで警察に身柄を拘束された。問題は、彼は犯罪者どころかただの薄情男だっただけではないのか、ということだ。

 そもそも「教唆」とは、「けしかけること」を意味するが、インドの男性たちは、不実な恋人だったり、ろくでもない男だったりするだけで、刑事責任を問われることがある。結婚の約束をほごにしたせいで強姦罪に問われることだってある。

 検察によれば、カーンの交際相手だったとして拘束されたスーラジ・パンチョーリー(22)の容疑は、脅迫、暴行、強姦だという。カーンの遺書にそう記されていたからだ。取り調べの後、パンチョーリーは自殺教唆の容疑で逮捕された。

 確かに恋人を捨てるなんてひどいことかもしれない。だがそれは違法な行為なのか。20歳の大学生ヘマント・ジェインは、「理解はできる。彼女の遺書には妊娠中絶を含む彼とのつらい体験が書かれていた。全部彼の責任だ」と言う。「結婚しようと言っていたのに、花束を贈って別れたいと言ったそうだ。ひどいと思う」

 25歳の芸術家デビカは、そんな意見に反論する(姓は匿名を希望)。「罪になるのはおかしい。責任はあると思うけど、犯罪ではない。相手の心の中までは分からないんだから」

女性に求められる「貞節」

 ムンバイの検察は彼の行為は犯罪だと考えている。だが最高裁の判例では、自殺教唆で有罪にするには、自殺に至らせる故意と直接的な行為があったことを立証しなくてはならない。

「インドの刑法306条によると、(自殺)教唆罪で立件するには、意図的だったことを証明する必要がある」と、デリーの刑事弁護士ラジンダー・シンは言う。「自殺教唆罪は最高で懲役10年の重罪だ」

 この事件はインド社会の変化を反映している。現在では、結婚前に交際し、性交渉し、同居する若者も増えている。それでも、女性は伝統的な貞節を守るべきだという社会的な重圧が農村部だけでなく都市部にも残っている。6月に入ってマディヤプラデシュ州政府が主催した合同結婚式では、9人の花嫁が検査で妊娠していると判明したため、参加を許されなかった。

 このような急激な社会の変化は、人命さえ奪っている。医学雑誌ランセットに発表された研究によれば、インドでは15歳から29歳までの若者の死因として自殺が2番目に多い。

 ただこの事件で本当に問われるべきは、彼が不実な恋人だったかどうかではなく、彼が実際に自殺を教唆したかどうかだろう。さもないと彼自身の行為ではなく、自殺した「被害者」の行為によって犯罪性が決められることになる。

 結婚を約束し、妊娠させ、そして捨てたのなら、確かにひどい行為だ。それらの行為についてはどれだけ非難されても仕方がないのかもしれない。だが刑事罰など、非難以上の責任を求められるのはおかしい。

 不実な恋人だったというだけで有罪になるなら、恋人にまったく同じひどいことをした男でも、相手が自殺すれば有罪になり、相手が自殺しなければ無罪ということになってしまう。もっともインドでは、実際にそういうことが起きているのだが。

From GlobalPost.com特約

[2013年7月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中