最新記事

性犯罪

女性が怯えて生きるインドのおぞましい現実

醜悪なレイプ殺人事件の波紋が広がるなか、インド人ジャーナリストが怒りのペンを振るう

2013年1月23日(水)15時23分
ディリップ・デスーザ(ジャーナリスト)

インドの恥 被害者の死後も各地で政府の対応への抗議が続いている(ニューデリー) Adnan Abidi-Reuters

 あまりに悲しい、あまりに下劣な事件だ。思い出すだけでも身の毛がよだつ。襲われた彼女の死後に起きた事態も悲し過ぎる、下劣過ぎる。

 彼女は昨年12月16日、デリー市内を走行中のバス車内で集団レイプされ、2週間後にシンガポールで死んだ。ある報道によれば、地元警察は「夜明けまでに火葬を済ませる」ように遺族を急がせ、近隣の住民には「被害者の家に近づくな」と命じ、現地に2000人もの警官を配置したという。

 治安維持に必要だったと言うのなら、百歩譲って、よしともしよう。だが、この間のインド政府の対応は見るに堪えず、恥の上塗りの繰り返しだった。

 シン首相はテレビで短い声明を読み上げたが、最後に「これでいいか?」とスタッフに聞くところまで放映されてしまった。事件の本質を理解せず、国民の気持ちをまったく分かっていない証拠だ。

 一方で警察は、この恐ろしい犯罪に怒った人たち(もちろん女性も含まれる)の抗議行動を力で抑え込む権利があると信じているらしい。こうなると、遺族の家の周辺に大量の警官を配置した真意も透けて見えるというものだ。

 政府はなぜ被害者をシンガポールに移送し、治療を受けさせたのか。インドの病院では手に負えなかったのか。それとも何か政治的な思惑があったのか。もしかすると加害者たちをサウジアラビアに移送する気か?

 最低最悪だったのは、事件に抗議する人々を極左の毛沢東主義派になぞらえた内務大臣の発言だ。あまりに愚かで、開いた口が塞がらない。

性的脅威は日々の現実

 被害者の女性は魔物に襲われたも同然だ。彼女は男友達とサウス・デリーで映画を見て、帰り道でバスを拾った。各種の報道によれば、車内にいた6人の男は2人に鉄パイプで襲い掛かった。男性は意識を失い、女性はバスの後部座席で男たちに殴られ、何度もレイプされ、鉄パイプを女性器に突っ込まれた。

 暴行は1時間近くに及び、その間もバスは市内を暴走し続けた。途中、警察の検問を何度か突破したという。やがて加害者らは2人を素っ裸にし、深夜の路上に放り出した。その後、通り掛かった人が2人を発見し、警察を呼んだのだった。
 
 あまりに信じ難い事件なので、極端な例と思われるかもしれない。だがインドでは多くの女性が、毎日のように性的虐待や虐殺の恐怖に怯えながら生きている。これが現実なのだ。

 誇張ではない。インドの地図を広げ、どこでもいいからピンを刺してみるといい。そこではきっと、誰かがレイプされている。これも誇張ではない、真実だ。そうしたレイプや虐待の一つ一つを積み上げれば、その脅威と残虐さはあのバスで起きたことに匹敵する。

 今回の事件が私たちインド人に突き付ける究極の問いはこうだ。この国にはなぜ、女性をひどい目に遭わせても許されると考える男がこれほどまでに多いのか。怒りや悲しみを越えて、私たちは女性に対する態度を根本から改める必要がある。

 アメリカでも度重なる銃の乱射事件をきっかけに、今は銃規制の機運が高まっている。同じように、私たちインド人もこの醜悪な事件をきっかけに心を入れ替えるべきだ。そうでないと死んだ彼女が浮かばれない。

[2013年1月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中