最新記事

世界経済

ユーロ危機から密かに世界を救った男

2012年10月9日(火)13時51分
ザカリー・カラベル(政治経済アナリスト)

 ギリシャのような小国の危機が、ユーロ圏全体やアメリカのような巨大なシステムを危機に陥れることもある。いったん金融危機の連鎖が始まれば、それがいつ止まるかは誰にも分からない。危機を食い止めるには、中央銀行の役割が決定的に重要だ。

 1920年代のアメリカの金融政策は歴史的な大失敗で、景気後退を大恐慌にまで悪化させてしまった。その責任者たる中央銀行のFRBは今も嘲笑の的で、人気がない。19世紀のアメリカ人は中央銀行を作る動きに猛反対したし、FRBはならず者の集まりですぐにでも廃止すべきだと考える人が今でも少なからずいる。

最後に残ったエリート

 ECBはFRBよりはるかに新しいが、それでも人々の反感は強い。多くのドイツ人は、ECBのせいでドイツが外国政府の借金の肩代わりをさせられるのではないかと恐れている。世界でも、中央銀行は通貨安やインフレ、労働者の貧困化の犯人と疑われている。

 それでも今の金融システムを支えているのは、お金を貸し出す意思を持った金融機関と、政府は債務不履行(デフォルト)に陥らないという信仰だ。そうである以上、安心と安定を供給する中央銀行の役割は軽視できない。

 ECBもFRBも、財政支出や政府の借り入れの規模を決めることはできない。財政政策は、政府と議会の領分だからだ。それでも中央銀行は、システムを維持する上で特殊な地位を占めている。中央銀行は経済成長や技術革新は生み出せないが、政治家の至らなさや大衆の理不尽さが社会の安定をぶち壊すのを防ぐことはできる。ドラギは、そのことを見事に理解したのだ。

 中央銀行の銀行家たちは金融界に残った最後のエリート。間違いも犯すし失敗もするが、過去4年間、世界の金融システムの中では数少ない希望の星だった。世界金融がまだ完全な闇に包まれていないのは、彼らのおかげだ。

 ドラギが新しい仕組みを導入しても、それでユーロ危機が終わることはないだろう。だが転機にはなるかもしれない。1944年のノルマンディー上陸作戦は第二次大戦を終わらせたわけではないが、終わりの始まりになった。

 ユーロ危機では今まで幾度も収束の期待を裏切られてきた。ドラギの采配にも、期待しないほうが賢明なのかもしれない。それでも、今度こそ危機解決へ前進できるかもしれないと思えるのは、実に久しぶりのことだ。

 ユーロ圏の国々が自らの複雑な問題を整理し、解決するには何年もかかるだろう。そのプロセスは、絶えず恐怖と不安にさいなまれるこれまでのような環境の中では、始めることすらできない。

 ドラギはヨーロッパや世界の傷を治したわけではないが、われわれすべてに大きな安堵感を与えてくれた。彼は崩壊はあり得ないと請け合うことで「間」を作ってくれた。癒やしのプロセスを始めるために不可欠の間だ。

[2012年9月19日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中