最新記事

ビルマ

スー・チーを苦しめる新たなジレンマ

反体制指導者から国会議員へ――立場の変化が突き付ける試練

2012年7月23日(月)12時59分
ピーター・ポパム

「凱旋」の憂鬱 24年ぶりのヨーロッパ訪問はスー・チーの勝利を象徴するものになるはずだったが Valentin Flauraud-Reuters

 24年ぶりのヨーロッパ訪問に旅立ったとき、アウン・サン・スー・チーは、反体制指導者からビルマ(ミャンマー)の国会議員へと立場が変わったことの意味を痛感したに違いない。

 6月13日から2週間余りの欧州歴訪は、祝勝パレード的なものになるはずだった。16日にはノルウェーのオスロで、ノーベル平和賞の受賞記念演説をした(91年に受賞した当時は自宅軟禁状態にあり、授賞式に出席できなかった)。

 18日には、アイルランドのダブリンで国際人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの「良心の大使賞」を受賞。21日には、イギリス議会の上下両院議員を前に演説する。

 しかし今回の外遊前、スー・チー流外交にケチが付いた。ヨーロッパに先立ち、5月末〜6月初めにタイを電撃訪問したことをめぐり、国内の批判を呼んだのだ。

大統領のメンツをつぶす演説

 5月に国会議員に就任したスー・チーは、民主化路線を進める軍出身のテイン・セイン大統領との協調の下、ビルマ政治で実質的な役割を担い始めたところだ。しかし役割が変われば、要求される行動も変わる。それを十分認識せずに「おおらか」な行動を取ったことで、スー・チーは大切なパートナーであるテイン・セインのメンツをつぶすことになってしまった。

 ビルマ軍事政権はこれまで、長年イギリスに居住し、イギリス人の夫(故人)を持つスー・チーに、外国の手先というレッテルを貼ってきた。だからこそ、ヨーロッパの前に隣国のタイを訪ねたことは、「アジア人」としてのスー・チーを国内外に印象付けるという点で意味があった。

 ところがタイ訪問について、タイ政府にすら事前に知らせていなかった。さらに、バンコクで開かれた世界経済フォーラム東アジア会議で演説すると決めたが、よりによってこの会議ではテイン・セインの演説が以前から予定されていた。

 テイン・セインの存在がかすんでしまうのは目に見えているし、軍事政権による抑圧の犠牲者だった女性と同席すれば、イメージが傷つきかねない。彼は結局、同会議への出席をキャンセルした。

少数民族問題でも微妙な立場に

 これはスー・チーの外交上のミスと言わざるを得ない。スー・チーとテイン・セインが「苦労して築き上げてきた」信頼関係がこの一件で「消し飛び」かねないと、国営新聞「ミャンマーの新しい灯」は書いた。

 スー・チーがヨーロッパにたつ直前には、西部のラカイン州に非常事態宣言が発令された。圧倒的多数派の仏教徒とイスラム系少数民族ロヒンギャ族の間で衝突が激化しているためだ。民族問題が激化する最中に外遊することについても疑問の声が湧き起こった。

 さらにスー・チーが外遊中の演説でこの件に言及し、長年迫害されてきた少数派のロヒンギャ族の権利擁護を主張すれば、仏教徒の反発を買いかねない。その半面、何も発言しなければ、少数派抑圧を容認していると批判を浴びる恐れがある。これも、自宅軟禁の日々には経験することのなかったジレンマだ。

[2012年6月27日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

〔アングル〕中東情勢が安保3文書改定に影響も、米軍

ワールド

IAEA、イラン・ナタンズ核施設の入口損傷と確認

ビジネス

チューリッヒ保険、新株発行で50億ドル調達 ビーズ

ビジネス

イラン情勢不透明、ECBは柔軟姿勢で状況注視とギリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医師が語る心優先の健康法
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 9
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 10
    ドバイの空港・ホテルに被害 イランが湾岸諸国に報…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中