最新記事

中東

「イラン攻撃」論に5つの不安

2012年2月15日(水)14時53分
アダム・B・ローサー(アメリカ空軍大学教官)

 第3に、イランが支援するイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラには、最盛期のアルカイダを上回るテロ攻撃能力がある。ヒズボラは30年にわたりレバノンとイスラエル北部でイスラエル軍と戦ってきた経験があり、中南米の麻薬犯罪組織ともつながりがあるといわれている。

 ヒズボラの組織は、アメリカやヨーロッパ、中南米など世界中で活動している。ベイルートの米海兵隊兵舎(83年)、ブエノスアイレスのイスラエル共済センター(94年)、サウジアラビアのコバール・タワーズ(96年)の爆破など、数々の国際テロを行ってきた。

 もしアメリカがイランに軍事攻撃を行えば、ヒズボラによる報復テロ攻撃が相次ぐだろう。それはアルカイダのテロほど簡単に封じ込められないはずだ。

 第4に、イランのサイバー攻撃能力も侮れない。イランの核関連施設が攻撃を受ければ、歴史上前例のない大規模で連続的なサイバー攻撃が始まるだろう。重要なデータを破壊し、システムを機能不全に陥らせ、経済と社会を混乱させる目的で政府機関や民間企業への攻撃が行われる可能性が高い。

 第5に、イラクとアフガニスタンで10年間戦ってきたアメリカ軍は休息を必要としている。この2つの戦争によりアメリカの兵士と家族、そして軍の装備は大きな打撃を被った。イランに対する「限定的な攻撃」がエスカレートして本格的な戦争に発展すれば、アメリカ軍は休養を取り、態勢を整えることが難しくなる。

イラク戦争の二の舞いに

 アメリカが頭に入れておくべきなのは、アメリカとイランの間でこの問題の重みがまるで違うという点だ。イラン指導部は体制の存続が懸かっていると考えているのに対し、アメリカにとってはそこまで大きな問題でない。

 アメリカが軍事行動を取れば、アメリカ側の「限定的」な目的と釣り合わない過激な反応が返ってくる。核関連施設にピンポイントで攻撃を加えるだけでも、イラン指導部は不安を募らせ、戦いへの決意を強める可能性が高い。

 過激な発言を繰り返すイランのマフムード・アハマディネジャド大統領は、実はほえるばかりでかみつかない犬のようなもの。イラン政府は、一般のイメージ以上にリスクを避けたがっている。体制の存続が最優先だからだ。しかしアメリカがイランを瀬戸際まで追い詰めれば、口先だけだったはずの脅しが現実になりかねない。

 私は、イラン軍を買いかぶっているのかもしれない。それでも、軍事的手段に訴える前にあらゆる選択肢を検討しなければ、最善の決定は下せない。

 アメリカは、「核なきイラン」の実現にどの程度価値があるかを見極め、目的達成のために掛かるコストと比較する必要がある。

 もしイラク戦争のコストを事前に正しく理解していれば、アメリカ国民はこの戦争に同意しなかっただろう。アメリカ経済が苦境に陥っている今、イラク戦争と同じ轍を踏むことは許さ
れない。

From the-diplomat.com

[2012年1月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中