最新記事

中東

軍部に乗っ取られた「エジプトの春」

ムバラクを頂点とした軍産複合体で私利を貪ってきた軍部が本気で民政移管に取り組むはずはない

2011年11月4日(金)15時43分
ジョン・ジェンセン

革命はまだ進行中 実権を握った軍部はムバラクと同じ手法で弾圧を繰り返す Reuters

 エジプト国民の民衆蜂起によって2月にムバラク政権が倒れた直後、全権を移譲された軍最高評議会は6カ月以内に文民政権に移行すると約束した。「自由な民主国家」へ舵を切るという軍の声明に、革命を成し遂げた民衆は喝采を送ったものだ。

 しかし7カ月以上がたった今、状況はほとんど変わっていない。軍部の支配力はますます強固になり、中東一帯に「アラブの春」を呼び起こしたあの革命は実は軍事クーデターだったのではないかと思えるほどだ。

 軍最高評議会は先日ようやく、総選挙を11月に行うと発表したが、国に安定と平和をもたらす公平な選挙になるとは誰も思っていない。「軍が権力を文民政府に移譲するなんて期待できない」と、エジプトの専門家であるケント州立大学(オハイオ州)のヨシュア・スタッチャー教授は言う。「彼らは自分たちの私財を維持するために地位を手放さない」

 その私財とは、エジプトの指導者たちが数十年かけて育て上げた巨大なビジネス帝国だ。これまでの指導者は全員、軍の出身者。空軍の指揮官だったムバラクは、無数の私企業を保有する軍の企業複合体から利益を得ていた。軍部の投資はエジプト経済のあらゆる分野に及び、その経済帝国の規模は数十億ドルと推定される。

「軍部は決して文民大統領に予算を管理させない」と、スタッチャーは言う。「反体制派を封殺するムバラク流の戦略で、支配を強化しようとしている」

 軍最高評議会は最近、ムバラクが弾圧行為を正当化するために30年間敷いていた非常事態令の適用範囲を拡大。さらに今年中は解除しないと発表した。非常事態令が有効な間は、平和的な抗議活動を鎮圧する権限までもが治安機関に与えられる。

 結局のところ、現在のエジプトを動かしているのはムバラク政権時代に国を支配していた軍人だ。事実上の国家元首であるタンタウィ軍評議会議長は、ムバラク政権で国防相を務めていた人物。人権保護団体は、最近の独立系メディアに対する弾圧を「ムバラク政権が続いている」証拠だと語る。

 反政府勢力の中には、改革が進まない現状に疲労の顔を見せ始めた者もいる。だが熱烈な活動家は諦めない。「浮き沈みがあるのは当然だ」と、人権派弁護士ラギア・オムランは言う。「革命はまだ終わっていない。進行中だ」

GlobalPost.com特約

[2011年10月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

次期FRB議長、クリスマス前にトランプ大統領が発表

ビジネス

外国勢の米国債保有、9月は減少 日本が増加・中国減

ワールド

米クラウドフレアで一時障害、XやチャットGPTなど

ワールド

エプスタイン文書公開法案、米上下院で可決 トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中