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3.11大震災 犠牲者の尊厳を守れ

2011年4月28日(木)12時12分
山田敏弘(本誌記者)

 東日本大震災から3日が過ぎた米崎中学校体育館では、ブルーシートに包まれ検死を待つ遺体が床に並べられていた。それほど広くない体育館は、運び込まれた遺体を安置する場所と、検死や歯科的な所見を行う場所が卓球台で仕切られている。検死が終わった数十体の遺体は白いビニールシートに入れられ、身元判別の手掛かりである所持品や衣服が入った透明な袋と共に横たえられていた。
 
 白いシートは顔の部分が開けられている。時折「身元確認が入られます」という関係者の声とともに、行方不明者を捜す家族の一団が安置所を訪れた。床に並んだ遺体の顔を順番に見ていくのだ。

 卓球台の仕切りを挟んだ向こうから、家族の亡きがらを見つけた遺族のおえつが響いてくる。「その声を聞くのは本当につらかった」と斎藤は言う。身元が判明した遺体は、体育館のステージ上に並べられていった。

 検視を行う警官はまず所持品を調べ、免許証などが残っていれば写真の顔と照らし合わせて身元を確認する。ただ斎藤によれば、損傷があまりに激しく、免許証の写真で遺体の顔を確認できないケースもある。遺体はその後、医師による検死に回され、死体検案書が作られる。

 歯科法医学者である斎藤が受け持つのは、遺体の歯科所見の作成だ。体育館にある長テーブル2台を検死台代わりにして、死後硬直した遺体の口を丁寧に開口器で開け、中を水や歯ブラシを使って洗浄する。布でよく拭いてから、歯の治療痕などを表に書き込んでいき、口腔内や義歯の写真を撮る。生前の治療記録と照らし合わせて身元を確認するためだ。

 中には口の中が泥だらけだったり、口を開けたことで胃の内容物や薄い血の混じった体液があふれて出てくる遺体もあった。雪が降り続く極寒の岩手で、ひたすら遺体の口を開け続けるのはつらい作業だ。

 斎藤は宿泊地の遠野市から毎日30分かけて米崎中学校の体育館に通った。電気が復旧していない米崎町で作業できるのは、日が落ちる夕方6時頃まで。それでも斎藤は4日間で112体の歯科所見を作成した。

DNA鑑定は完璧でない

 大災害で多数の死者が出たような場合、身元の確認はそう簡単にはいかない。目視では判別できない遺体も多いからだ。そうしたとき、身元確認に使われるのは指紋、DNA鑑定、歯科所見の3つだが、まずひどく損傷したり、腐敗の進んだ遺体から指紋を採取するのは難しい。

 DNA鑑定も完璧ではない。家族全員が死亡するケースもある津波のような災害では、家族であることは識別できても、例えば遺体が姉なのか妹なのかまでは特定できないからだ。遺体の家族がみな行方不明なら、身元はまず分からない。

 こうした問題を克服するのが歯による身元確認だ。スマトラ沖大地震の際、タイのプーケットで身元確認作業に参加したパラケルスス医科大学(オーストリア)の歯科医師ペーター・シューラー・ガツバーグは「特に津波のような災害では、歯による身元特定はDNA鑑定よりも有効で信頼性があり、迅速だった」と語っている。もちろんこうした方法を組み合わせることも効果的だ。

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