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3.11大震災 犠牲者の尊厳を守れ

2011年4月28日(木)12時12分
山田敏弘(本誌記者)

 両親が陸前高田市で行方不明になった東京在住の男性は、警察から2人とも遺体で発見されたという報告を受けた。父親は見た目で判別が可能だったが、母親は顔の損傷が激しく、とても本人だとは思えなかった。警察からはホクロの位置や身長で確認したと言われたが、男性はどうしても納得できずにいる。
 
 見た目だけの判別に頼れば、こうしたケースは後を絶たないだろう。まず歯科のカルテを探し、それがなければDNA鑑定を行う。そうすることで人違いを大幅に減らすことができる。

 斎藤は「生前の治療を記録した歯科のカルテとDNA鑑定用に残した歯が1本あれば、身元判明の確度はかなり高くなる。年齢なども判断できる」と言う。「特に今回のように被害者の多い災害では、歯の採取も考慮されるべきだろう」

 天災は待ってはくれない。しかも今回の大震災は死者数があまりに多く、迅速な検死が求められている。それでも現行の日本の法制度では、死体から歯などを取る行為は死体損壊罪に当たる可能性がある。

 そんな状況の中、今回は一般の歯科医師たちも被災地での身元確認作業に参加している。普段は町で歯科医院を開業しているような医師たちだ。岩手県ではこれまで延べ282人の歯科医師が派遣され、福島県からも130人以上が参加している。このほか警察からの要請を受け、全国から150人の歯科医師が被災地に入った。

 岩手県盛岡市で歯科医院を開業する菊月圭吾は、診療中に地震に見舞われた。普段から警察歯科医として事件や事故の遺体確認作業に協力している菊月は、地震の翌朝8時に岩手県歯科医師会に設置された対策本部に加わった。8人の歯科医師が6カ所の災害現場に派遣されることになり、菊月も被害の大きかった宮古市に向かった。

 遺体安置所になっていた宮古勤労青少年体育センターに向かいながら、菊月は自分がそれほど緊張していないことに気が付いた。遺体が運び込まれていた体育センターに足を踏み入れてからも、それは変わらない。

 岩手県は過去に何度か津波の被害を経験している。岩手県歯科医師会には災害マニュアルがあり、大規模災害を想定した実地訓練もこれまで6回行っていた。検死で歯科所見を作成する間、菊月が冷静に作業を続けられたのはそういう背景があったからかもしれない。

 それでも行方不明者の家族が安置所を訪れて家族を発見したときの、センター内に響き渡るおえつと叫び声は忘れられない。そんな中でも、身元確認のために歯科所見の作成だけは粛々と続けなければならなかった。

 菊月は1日だけで30体の遺体の歯科所見を作成した。今では専用の検死用エプロンが使われているが、震災直後は白衣とマスクと手袋だけの作業だった。3月末現在で、岩手県全体では県内の死者3326人のうち、身元の分からない1596体の歯科所見が作られた。

 岩手県歯科医師会は地震の後、盛岡市近辺の歯科医師約150人を対象に歯科法医学などについての緊急講習会を行った。今後、この集会に参加した歯科医師も身元確認作業に派遣されることになる。

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