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3.11大震災 犠牲者の尊厳を守れ

2011年4月28日(木)12時12分
山田敏弘(本誌記者)

「カルテ喪失」に備えよ

 身元確認に歯科所見がどれだけ役立つかを物語るこんな出来事があった。ある歯科医師の親族が津波で行方不明になった。家族が本人と思われる遺体を発見したが、その歯科医師は親族の歯科治療を担当していたため、遺体の歯を見て別人だとはっきり判別できた。

 知的障害のある遺族が遺体の顔を判別できないケースもあった。ただこの遺族はかかりつけの歯科医院を覚えていたので、すぐに生前の治療記録と照合して本人だと判明した。

 もちろん歯科所見による身元確認にも限界はある。例えば今回の大震災では、歯科医院も被災したために生前の治療記録を記したカルテが見つからないケースもあった。

 対応策として考えられるのは、カルテのデータベース化だ。「カルテをデジタル化し、国や県が管理するための用意はある」と、日本歯科医師会常務理事の柳川忠広は言う。「ただ一元管理には個人情報などの問題もある。法整備が必要だ」

 歯科所見による身元判別をさらに有効にするため、デジタル化は早急に進めるべきだろう。今では一般的になった警察歯科医制度は、85年に起きた御巣鷹山の日航機事故をきっかけにして、日本各地の歯科医師会に設置の動きが広がった。そのおかげで、日本国内で発生した事件や事故の被害者の身元判別がどれほどしやすくなったことか。

「今回の震災を教訓として、日本はこの分野で徹底して準備を進め、世界から認められるような姿勢を示すべきだ。亡くなった人のためにも」と、歯科法医学者の斎藤は言う。

 明日を信じていた大勢の人たちが突然、大津波に襲われて命を奪われた。その一人一人についてきちんと身元を特定し、墓標の下に埋葬することは被災者の尊厳、そして日本人の尊厳を守ることになるはずだ。

[2011年4月13日号掲載]

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