最新記事

タイ

世界遺産奪還か首相退陣求める黄シャツ隊

アビシット首相に圧力をかけ、カンボジアとの領土紛争を煽るタイの愛国主義者たちの過激度

2011年2月8日(火)14時36分
パトリック・ウィン

メンツ争い 貴重な寺院遺跡が銃撃戦の舞台に(写真はカンボジア軍の兵士) Reuters

 カンボジアとの国境沿いに位置するタイの小学校で校長を務めプラワト・パノムサイは、何日も前から生徒たちに「戦争が迫っている」と警告してきた。2月4日についに砲弾が飛び交いはじめると、子供たちは一斉に土管と砂袋で作った防空壕に逃げ込み、響き渡る砲撃音に耳をそばだてた。

 戦闘の舞台はタイとカンボジアの国境に位置し、両国が領有権を主張している世界遺産のヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」。両国の軍は報復攻撃を繰り返しながらにらみ合っており、両者とも相手が先に自国領内に侵入したと主張している。

 戦闘によって周辺住民の家屋が破壊され、11世紀に建立されたプレアビヒアも部分的に損壊。タイでは市民1人と兵士1人が死亡、34人が負傷しており、タイ軍は周辺住民6000人以上を避難させた。

 一方、カンボジア側も兵士2人が死亡したと発表。ただしタイの新聞の中には、カンボジアの犠牲者は数十人に達するとの報道もある。

「軍が大規模な戦闘に備えているのは明らかだ」と、プラワト校長は言う。「軍は多くの兵士を送り込み、戦車や武装車両を運び込んでいる。タイ軍が全力で戦えば、カンボジアに勝機はない」

タイ人の愛国心を刺激する元将軍の言葉

 表面的には、この紛争は5平方キロメートル足らずの狭いエリアの領有をめぐる争いにみえる。だが、石油などの天然資源もない辺鄙な土地をめぐる対立は今や、国家の尊厳と政治的メンツを守る戦いになりつつある。

 紛争の発端は1900年代初頭にさかのぼる。カンボジアを植民地化したフランスは、従来の国境線を反故にして、プレアビヒア寺院をカンボジア領とする新たな国境線を設定した。これに反発したタイは、第2次大戦中にこの地を占拠。1962年に、国際司法裁判所がカンボジアの領有権を認める判決を下した。
 
 その後は注目を浴びることがなかったこの地に再びスポットライトが当たったのは08年のこと。国連がカンボジアによるプレアビヒア寺院の世界遺産登録を認めると、タイ軍がそこは自国領だと寺院周辺に軍を展開し、カンボジアも同様の対抗策に出た。以来、散発的に銃撃が行われ、数人の犠牲者は出たものの、基本的に両軍はにらみ合いを続け、両国首脳による外交交渉が続けられていた。

 だが、外交努力だけでタイの愛国主義者を納得させることはできなかったようだ。バンコクでは「タイ愛国者ネットワーク」を名乗る数百人のグループが首相官邸を包囲し、紛争地の領有権奪還を政府に要求。グループのメンバーらがビデオカメラをもって戦闘地域に侵入する事件も発生し、紛争解決はますます遠のいている。

 タイ愛国者ネットワークの参加者の多くは、08年にバンコクの国際空港を占拠してソムチャイ政権崩壊の引き金を引いた右派「黄シャツ隊」のメンバー。保守的な軍国主義者や都市部のエリート層が中心で、「教養のない」国民に選ばれた政治家を批判し、選挙で選出する国会議員は30%にとどめるべきだと訴えてきた。彼らはさらに、青いつなぎを着た強硬派の仏教団体「サンティアソク」の支援も受けている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏のバッド・バニー批判、中間選挙

ビジネス

独VW、28年末までにコスト20%削減を計画=独誌

ビジネス

高市首相と会談、植田日銀総裁「一般的な経済・金融情

ビジネス

地盤ネットHD、井村氏が代表の会社と投資機能活用な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活動する動画に世界中のネット民から賞賛の声
  • 4
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 9
    フロリダのディズニーを敬遠する動きが拡大、なぜ? …
  • 10
    世界市場3.8兆円、日本アニメは転換点へ――成長を支え…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 8
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中