最新記事

欧州

アイルランドを悩ます偽装結婚ビジネス

EU市民権とカネ目当ての外国人男女が続々と入国。「結婚するカップルの1割が偽装」の実態とは

2010年9月7日(火)18時38分
コナー・オクリアリー(ダブリン)

無法地帯 結婚するならアイルランドへ?(写真は同国の格安航空ライアンエア) Yves Herman-Reuters

 その日、アイルランドの移民当局者たちは不審に思った。アイルランドの格安航空会社ライアンエアの旅客機がダブリン空港に到着したとき、同じ機内に新婚ほやほやのラトビア人女性が7人も乗っていたのだ。到着ターミナルで彼女たちを待っていたのは、様々な外国籍をもつ7人の新郎だった。

 これはアイルランド警察の移民局にとってはおなじみの光景だ。この国には、ラトビアのようなEU(欧州連合)加盟国から若い女性が続々とやって来る。渡航費用は自分で払わなくてもいい。彼女たちの目的は、EU市民以外の男性(その多くはパキスタン人)と偽装結婚することだ。アイルランドでは、偽装結婚は違法ではない。

 夫となるのは、多くは期限付きビザの保有者か亡命申請を拒まれて国外退去を待つ身となった者たち。彼らにとって偽装結婚とは、EUで永住権を手に入れるための闇取引だ。アイルランド東部の結婚登記を管轄する警察の責任者デニス・プライヤーによると、アイルランドで行われる結婚式の10組に1組以上がこうした偽装結婚だという。

通訳なしでは会話できない夫婦

 アイルランドでは今年前半の6カ月間で、253人のパキスタン人男性が結婚した。新婦の出身国別内訳はラトビアが95人、リトアニアが25人、ポーランドが18人、エストニアが17人、その他が98人。東ヨーロッパから来る新婦は、とても若くて貧しい出自であることが多い。アイルランド警察のジョン・オドリスコール移民局長によると、彼女たちを偽装結婚に駆り立てるのは見返りの5000ユーロ(約54万円)だという。

 書類上の手続きや結婚式は簡単にできるため、新婦の多くは結婚後早くて1週間で帰国できると、オドリスコールは言う。新郎の出身国は、最も多いパキスタン以外にはナイジェリア、ブラジル、インドなど。今年前半だけで、この3カ国の男性合計314人が結婚による滞在許可を申請した。そのほとんどが偽装結婚だとみられている。

「新婦と新郎が互いの言語を理解できないらしく、通訳が2人いる結婚式を見たことがある」と、プライヤーはアイリッシュ・タイムズ紙に語っている。「ほかにも、新郎が新婦のために全必要書類を抱えていたり、彼らに聞くと2人とも互いの住所を知らなかったり、結婚式に新婦の友人が1人も出席していないことがあった。同じ人物が複数の結婚式に主役として出席していることもよくある」

朝食の内容まで問い詰めないと

 偽装結婚は06年以降に急増した。EU市民とその家族に「域内移動の自由」を保障するよう、EUが加盟国に国内法の整備を義務付けてからのことだ。アイルランド政府は08年、アイルランド国籍ではないEU市民と非EU市民の夫婦4組を国外退去にしようと訴えたが、欧州司法裁判所に却下された。

 オドリスコールは、偽装結婚はEUに移住したい人たちにとっての「ゴールドカード」だと言う。偽装結婚してEU市民になれば、亡命者よりも「移動の自由」が大きいからだ。

 プライヤーによると、現在の法規の下では疑わしいカップルを取り締まることができないため、アイルランドの当局者たちは無力感を感じているという。

 そこでプライヤーは、新法の制定を世論に訴えてきた。外国籍のカップルがどこで出会い、どれくらいの交際を経て、朝食に何を食べたのかということまで詳しく聞き取ることを可能にするためだ。
 
 そうした尋問場面は、米映画『グリーン・カード』(90年)にも出てくる。アメリカ人女性のブロンティ(アンディ・マクドゥエル)とフランス人男性のジョージ(ジェラール・ドパルデュー)の嘘を暴くために、当局者が取った手法だ。2人は、ジョージがアメリカの永住権(グリーンカード)を取得できるように偽装結婚していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:米製薬会社、中国企業開発の新薬候補に熱視

ワールド

焦点:米大平原から消えゆく小麦畑、価格低下と干ばつ

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 9
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 10
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中